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力なく池に沈んでいく智哉の体を、暁孝は追いかける。池の中は不思議と明るく、その水にも違和感を覚えた。水のようでいて水で無いような、妙な感触だ。池の水全体が妖の力に触れているからなのだろうか。だとしたら、早く池から出なければ、二人共どうなるか分からない。
少し潜ると、幸いな事にすぐに智哉の体を掴まえられた。
智哉、と心の中で名前を呼ぶ。智哉はぐったりとしている。早く陸に上がらなければと、すぐさま水上へ向かおうとするが、潜った時のように上手くいかない。どれだけ水を掻いても、掻いた水がまるで手となり体を掴んでくるようで、上手く進めない。
「どうして行ってしまうの」
突然目の前に、自分の体より大きな目がぎょろりと現れ、暁孝は驚き、智哉の体を守るように抱きしめる。
「その子がそんなに大事?あなたはそうやって、また私を一人置いていくのね、残された者の気持ちなんて考えたことないでしょう」
四方から声が伝わってくる、怒りのような嘆きのような声だ。何かする気かと身構えていると、周囲の水が震えだし、暁孝達の頭上の水が割れていった。
「は、」
水が縦に割れ、揺らいでいた月がはっきり見える。
暁孝達の周囲からは水が引き、息が出来るようになった。暁孝は咳込みながら、大きく息を吸い込んだ。水が足元からどんどん引いていき、池の底に足がつく。智哉は目を覚まさない、暁孝は智哉の体を抱えたままゆっくり膝をつき、周囲を見渡した。左右に分かれた水は大きな手の形となり、二人の体をこれから包もうとしているかのようだ。
「アカツキはあんたを置いて行ったのか?どうして」
「どうして?あなたは愛してくれたのに、どうして?私はすぐにでもあなたを追いかけたかったのに、」
ズズ、と足元が動く気配がした、周囲を取り巻く壁となっていた水が震え、目の前の目玉が瞼を閉じ水の中へ消えていく。すると、前方の水の壁が勢いよく空高く昇っていった。
暁孝が智哉を庇うように抱き直すと、胸の中で智哉が咳き込み、暁孝は慌てて腕の力を緩めた。
「あき、」
「智!?」
顔を覗けば、智哉は力なくだが目を開いた。
「大丈夫か?」
「うん、ずっと、あの人の声聞いてた。あの人、ずっと泣いてるんだ、アカツキさんが死んじゃったって、アカツキさんが、あの人を守ったからって」
「…守られて、何でこんな事」
「自分のせいだって、自分のせいで死んだと、思ってるんだと思う」
ズズ、と再び足元が揺れる。
「まずはここから出よう、立てるか」
「う、うん」
見上げれば、月を隠すように高く高く上がった水が、二人の空を覆っていた。その水からボタボタと大きな雫が零れ落ち、だんだんと顔の形のようなものが浮かび上がってくる。
暁孝は自分達を取り囲む水の壁に手を触れる、壁に見えても水は水だ。先程とは違い、手を付けば反発なく水に吸い込まれていく。
今は巨大な水の化身に力が集中していて、こちら、下の方には意識が向いてないのかもしれない。
「今はただの水ってことか」
暁孝は呟いて、背後の土の壁を見上げた。広く深い池だ、壁の高さは十メートルはあるだろうか、この壁を果たして登れるだろうか、しかも今の智哉はぐったりとしていて、力を奪われている状態だ。
暁孝は少し先を歩き、土の壁と水面が接する部分を確認した。池の水は無限じゃない、水を空へと押し上げれば、その分、暁孝達が池の底を歩けるように、池の中でありながら水の無い場所が出来てくる。しかし、まだそれは一部。池の水面と土の壁、陸地へと接する部分はある。
暁孝は、智哉を振り返る。水の中なら、智哉を担いでも、壁をつたい上に泳いで行けるかもしれない。
「智、少しでいい泳げるか」
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