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「ダメだ、歯がたたない」 一方陸地では、徐々に大きくなり姿を現し始めた水の化身からの攻撃に、苦戦を強いられていた。 (はじめ)が手にしているのは、弓のような武器だ。矢を放っているが、矢の先に刃はなく、球体状の薬品が仕込んである。それを放つ度、リンは慌てて退いている。 「こっちに飛ばすな!」 「大丈夫だよ、当たった妖にしか効かないから」 「当たったらどうするつもりだ!」 あの球体に触れると球体は破裂し、飛び散った薬品が妖の力を奪うというのだ。 弓や銃など形は様々あるが、妖科(あやかしか)の探偵社社員は皆常備している代物で、科学班が作り上げた妖対応策の第一号機だ。 それにしてもと、始は巨大な水の化身を見上げる。大きいせいか、何本打ち込んでも矢の効果は得られなかった。 「(あき)君達は見える?」 「見失った…どっか抜け道でもあったらいいけど」 リンは始の側に降りてきた。 「それに、やっぱり妙だ。妖だけじゃない、神の加護を纏ってる気がする」 「神の加護?」 ボタボタと大粒の水滴を零し、顔が浮かび上がる。それは女のようだ。まるで泣いているようなその姿に、マコは首飾りを握りしめた。 「ヒノ様…」 「え?」 マコの呟きにぴんとこなかったのは始だけで、リンは「やっぱりそうなのか」と呟いた。 「誰だか知ってるの?」 「アカツキ様が愛した妖だ。アカツキ様が亡くなって姿を見せなかったから、アカツキ様の後を追ったと皆思ってたんだけど」 「それが、彼女だっていうのか」 「でもヒノ様は火の妖だから、水は扱えない筈なんだ。だから、ヒノ様の筈がないって思ってた。あの妖は色んなものが混ざってて普通じゃない、正体が見極められない大きな力に、みんな恐れてたんだ」 巨大な水の化身はその手を上げる。肩から肘、腕から指先と水が形作り、そして何かを嘆くように、恐れるように、怒るように叫び声を上げて拳を地面に叩きつければ、地面は陥没、周囲の木々がなぎ倒され、終いには地面がめくり上がった。 咄嗟に身を伏せた三人は、その威力に呆然とした。 「…これ以上地形壊されちゃ、何の言い訳もつかないぞ…」 思わず溢した始の横で、マコが立ち上がり駆け出した。 「マコ!何やってるんだ!」 すぐにリンが駆けつけ引き止めるが、そこに運悪く水の拳が振りかかり、リンは慌てて飛び退いた。その際、掠めた水の礫がリンの翼を傷つけた。 「っ、」 「リン!」 「大丈夫だ、掠っただけだ」 リンはそう言うが、片翼の翼がごっそりと欠けていた。翼にも痛覚はあるのか、リンは左肩に手を当て、唇を噛みしめたまま蹲まっている。その表情は苦痛に歪んでいた。 「大丈夫か!?」 始が駆け寄り、マコはリンが傷ついた事にショックを受け、泣き出しそうになる。 ごめんなさい、と何度も謝るマコに、リンはその頭を撫で落ち着かせた。痛みなど、感じてないかのように。 「大丈夫だって、翼はまた生えてくるんだから。それより何だよ急に飛び出して」 「…ヒノ様、辛そうだから、この首飾りなら少しはその心を癒してくれると思って…これは力があるだけじゃないよ、これは(あるじ)様のお守りだから」 「…でもヒノ様だとしてもそれは、」 「いや、もしかしたらそれ使えるんじゃないか?」 始の声に二人は顔を上げる。 「その首飾りに、アカツキ様の力が宿ってるんなら、その力で抑え込む事は出来るんじゃないか?水を扱ってるのが火の妖だとしたら、あの水の力は、加護によって得たものかもしれない。それなら、首飾りの力だって神のものだ、十分対抗出来るんじゃないか?それにその加護だって、もしかしたら…」 始の言葉に、マコの顔がみるみる内に明るく輝いていく。 「主様は、水の神です!あの水の力は、きっと主様のものだよ!ヒノ様を守ってるんだよ!だって、ヒノ様は主様の大事な妖だもん!」 再び水の化身に顔を向けたマコに、リンは慌ててその手を掴む。 「待て!もっとよく考えた方が良い、ヒノ様だったとして、アカツキ様に守られてる状態で、なんであんな風になってるんだよ!」 「加護があるといっても、本人の意志を抑えつけられるわけじゃないだろ」 「なら、尚更慎重になるべきじゃないか?あのヒノ様は、その首飾りを狙って今まで騒ぎを起こして来たんだぞ?もしそれを手に入れて、もっと力を増したりしたら?神の加護がアカツキ様のもので無かったら?別の神の可能性だってある、誰かに操られてるって事もあるだろ!もしそうなら、首飾りの力を奪われて終わりだ」 「それでも、一か八かやってみる価値はあるんじゃないか?もしかしたら、アカツキ様が力を貸してくれるかもしれない。それに今、あんなに欲してた筈の首飾りが目の前にあるのに、あの水の化身は、マコ君を襲おうとしてない。襲うのは、邪魔をしてる俺達にだけだ。この首飾りに意識が向いてないんだ。今なら、隙をつけるかもしれない、首飾りの力を取り込もうとしてない今なら、その力を良い方に使えるかもしれない」 その言葉に、マコは頷いた。 「主様は、とっても強くて優しいお方なんだ。きっと、その思いは届く筈だよ、どんな妖にだって」 ぎゅっと首飾りを握るマコに、リンはぐしゃぐしゃと自分の頭を掻いた。リンにだってアカツキへの思いはあるだろう、マコと仲が良いならアカツキの話も沢山聞いている筈。 アカツキならば、あの猛った気を鎮めてくれるかもしれないと。 「…俺は知らないぞ」 「どうせ他に手立てもないだろ、森ならイブキ様が居るが、このままあれが町に行ったらどうやって止める?」 頭を抱えるリンを横目に、「祈ってくれる?」と始はマコに言った。マコが、首飾りを両手で握って祈りを込めると、青い石が光を纏った。始は大事そうにマコから首飾りを受け取ると、しっかりと矢にくくりつけ弓を構えた。とその時、池の水面から、暁孝(あきたか)智哉(ともや)が顔を出した。 「あいつらだ!」 すかさずリンが助けようと動いたが、錯乱状態の水の化身の水が降りかかる。水の化身は池から更に身を乗り出すと、陸に上がった水のその先が、腿となり足となる。その足は池から立ち上がろうとしており、リンが灯した空の灯りは、水の化身の頭に触れ、ジュ、と音を立てて消えていく。 「おい、動き出すぞ!」 「まずいな、早くしないと、」 始は暁孝の名前を呼び、弓を引いた。どうにか智哉を抱えて水面から這い上がった暁孝は、声に反応して空を見上げる。光を纏った矢は弧を描いて暁孝の側、地面に落ちた。 「これ、アカツキの首飾りか?」 「何、どうするの?」 「…彼女に渡せって事か?」 智哉の問いかけに、暁孝は始へ視線を投げる。始は「渡して!」と叫びながら、空へ、水の化身を指差している様子が伝わる。先程より暗くなった濃い闇の中、僅かな灯火を頼りに水の脅威を避けながら。今、水の化身の背中側に居る暁孝達に降りかかるのは、微かな水のしぶきだけで、こちらの方が安全なように思える。 「俺も行く、」 「俺一人の方が耳を貸すだろう。彼女は俺の中のアカツキに会いたがっていた、話をつけてくる。始さん達が来るまで、なるべくあれの背中側にいろ」 「暁、」 思わず暁孝の手を掴む智哉に、暁孝は大丈夫だと頷いて、再び池の中、その底へと向かった。 水の化身が動き出す前に、本当の彼女に会いに行かなくては。

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