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水の化身を創り出した事で、広く大きな池は、半分程水の無い場所が出来ていた。 水の無くなった池の底、壁沿いに駆けて行くと、暗がりの中で灯りが見えた。水の化身と離れた場所で、その灯りの中、彼女は蹲っていた。 暁孝はゆっくり、水の化身に触れないよう彼女の元へ歩み寄る。 緋色のウェーブのかかった長い髪が、彼女の体をすっぽりと隠している。近づいて分かったが、彼女は灯りの中に居るのではなく、彼女の髪が火を灯していた。 そのまま声を掛けようとして躊躇う、暁孝は彼女の正体を知らない。 悩んでアカツキの青く輝きを放つ石を見ていると、何故か分からないが、頭の中に一つの名前が浮かび上がった。 「…ヒノ様、」 彼女は振り返った。大きな赤い瞳は力なく、涙に濡れている。 「…アカツキ様、」 「違います、俺は…彼の伝言を預かりました」 緋色の髪がざわざわと暁孝の足元にまで伸びて、毛先から順に火を灯す。良く見ると、彼女の体や髪の先まで、小さな泡のようなものが、彼女を包み込むように浮かんでいた。 「…今更なんだというのですか、あの方は私を残し、呪いを掛けました」 火の妖だろうか。ジリ、と焼けつくような熱さに息を呑む。暁孝は慎重に、けれど怯えを悟られないよう進む。 「アカツキ様があなたに呪いを掛けたんですか?呪いとは、何の呪いなんですか?」 「命を絶てない、呪いです」 「え?」 ヒノは手を上げる。すると、水の化身の滴が彼女の体を濡らし、燃える髪の熱を溶かしていく。 「アァッ、!」 叫び声と共に体を抱きしめる。彼女の体や長い髪からは、火が沈下した時のように煙が立ち上った。しかし、煙が上がった側からまた火は灯り、濡れた体は何事もなかったかのように元に戻っていく。そして、再び小さな泡が生まれ、彼女の体を包んでいく。あの泡が、彼女を守っているのだろうか。 「…水の神の力が宿った滴を浴びても、私は消えない。刃を突き立てようと毒を飲もうと同じ事。あの方は、私を追わせてもくれないのです」 「…呪い、か」 火の妖が水を扱うのは妙だと思ったが、そういう事かと暁孝は納得した。 この水は、アカツキの水だ。 ヒノが掛けられたアカツキの呪いによって、ヒノはアカツキの力の一部を扱えるようになったのだろう。池を棲みかにしているのも、アカツキの力によって水場へと引き寄せられたのかもしれない。アカツキの社には、水の神なのに、側に水辺が何も無かった。神の力を失い、その水は枯れてしまったのかもしれない。 「この水は、その体に纏う泡も、アカツキ様の化身なんですね」 「え…?」 「あなたは、アカツキ様に守られていたんですよ」 「そんな事ありません!私は共に生きる事を拒まれたのです!私が共に在りたいと願わなければ、あの方はこんな事にはならなかった!きっとそうなのです!だから、共に逝く事も許さなかった!」 「ヒノ様、違います」 「いいえ!もう誰の声も聞くものか!」 ズズ、と地面が揺れ顔を上げると、側の水の壁が揺れ地面から浮かび上がっていく。その途中で、壁でしかなかった水はもう一本の足へと形を変え、水の女神が前進を始めようとしているのが分かった。 「暁…!」 池の淵から智哉が暁孝に声を掛ける。暁孝の姿が見える場所まで、水の化身の背に沿って移動してきたのだろう。 このまま行かせては大変な事になる。 暁孝は智哉に頷いて、再びヒノと向き合った。耳を塞ぐ彼女の手を掴む。ジュ、と皮膚が焼ける音がしたが、構ってられなかった。 「よせ!放せ!」 「あなたに生きてもらいたい!」 はっとしてヒノが暁孝を見上げる。 「アカツキ様が何故死を選び、あなたに呪いを掛けたのか、あなたが分からないでどうする」 揺れる瞳に、暁孝が映る。その姿から、彼女は暁孝の中の、アカツキを見ているかもしれない。 「これは、呪いでも何でもない、神の加護だ。あなたはアカツキ様に愛された。あなたを救う為に、あなたには生きていて欲しかったんだ。共に生きる事が叶わないなら、死後も、せめて心は共にと、そう願われたと、何故あなたが信じてあげないんだ」 ヒノの表情が歪む。零れる涙に、水の化身の動きが止まる。 暁孝は掴んだ手を引き寄せ、その手の平にアカツキの首飾りを握らせた。瞬間、首飾りの輝きが強くなり、暁孝の手もヒノの熱さを感じなくなった。 「感じるでしょう、アカツキ様の心です」 そっと手を離す。ヒノは首飾りをなぞるように触れ、深い青の石を見つめる。 輝きの中、青い石の色が波のように優しく揺れていた。 「…アカツキ様、そうなのですか」 私は、愛されていたのですか。 呟きは涙に濡れ、石は更に輝きを増す。 夜空までも照らし出す強く大きな光だ。それはとても温かく、まるで誰かの腕に包まれているように心地好い光だった。 「暁!」 「暁君、来い!」 誰かの姿が目の前をよぎった気がしたが、智哉と始の声に暁孝ははっとして顔を上げる。見ると、始が池の淵まで来ていた。水の化身の力が完全に止まったのかとそちらを仰ぎ見れば、その体が崩れ始めた所だった。 「嘘だろ、」 降りかかる大量の水を前に、暁孝は咄嗟にヒノを庇う為、その体に覆い被さった。 「暁!!」 智哉の声が遠くに聞こえ、それはすぐに水の大音声によって掻き消されていった。

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