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暁孝がはっとして目を開けると、ぼろぼろと泣きじゃくる智哉の顔が目の前にあった。
「…智 ?」
「あーきー…!」
良かったと泣きじゃくりながら抱きつく智哉、暁孝は突然の事に戸惑いつつも、彼を宥めようと腕を上げたが、途端に身体中に痛みが走り、思わずうめき声を上げてしまった。
「大丈夫?どっか痛い!?」
池の水はただの水じゃない、体に支障が出ているのも、何度も妖の力の混ざった水に触れていたせいもあるのだろう。
「大丈夫だ、」
暁孝が体を起こそうとすると、智哉が心配そうに体を支えてくれた。夢から覚めたのか、まだどこか夢現を彷徨っているような感覚を引きずりつつも、暁孝は智哉に目を向けた。暁孝もだが、先に池から上がっていた智哉も全身濡れ鼠だ。その顔に目を留めれば、心配に揺れる瞳が可愛くて、引き寄せられるようにその顔へ手を伸ばそうとすれば、ビリッと痛みが走る。見れば手の平は火傷のように爛れていた。
「…暁?」
不安そうなその頬へ、暁孝はその心を解してやりたくて手の甲で触れた。ふと脳裏に過ったのは、アカツキとヒノの仲睦まじい姿だ。
恋しい相手に一生触れられないなんて、一体どんな思いだろう。怪我をしても、自分にはこうして触れられる、大事な人が側に居てくれる、何の害も無く。アカツキとヒノを思えば、なんて幸せな事だろうと、暁孝はぼんやり思う。
智哉が大事だと、改めて気づかされてしまった。
「…あ、暁?」
その頬に触れていれば、どんどん智哉の顔は赤くなっていく。暁孝の瞳は揺らがず、ただ優しく智哉を見つめていた。
「あー…お熱い展開の最中申し訳ないんだけど、」
ふと声を掛けられ振り返れば、始が苦笑い立っている。
暁孝ははっとして「すまない!」と智哉から手を離した。一気に夢から覚めた気分だ。アカツキとヒノの記憶に引きずられてぼんやりしていたが、取り戻した現実は当然二人きりではなく、ここが皆の前であったと気づいた暁孝も、その顔を熱くさせた。
皆の前でなくても、暁孝の想いを知らない智哉にとってはびっくりだっただろうが。今も智哉は真っ赤になって、ぽかんとしている。
「まぁ、無事で何よりだ」
「アキ、良かった!」
始の言葉に続き、マコが飛びついてくる。周囲は静かで、リンが新たに灯してくれたのだろう、空には消えた筈の灯りが灯されていた。
「あぁ、皆無事か…?」
「無事だよ。池の中からさ、大きな光が現れて二人を引き上げてくれたんだ。きっと、首飾りに込められたアカツキ様の力だろうね」
始の言葉にホッとした所で、リンによって抱き起こされたヒノの姿が目に留まり、その姿に暁孝は目を見開いた。
「ヒノ様、髪が…」
先程、水によって負ったダメージは、神の加護により修復され元の姿に戻っていたが、今は、長かった緋色の髪は元に戻る事なく、肩に触れる位の長さで止まってしまっていた。
暁孝の視線に気付き、ヒノはその髪に触れた。
「私の髪は能力により伸びる筈ですが、もうこれ以上髪を伸ばす事は出来ません。途中で神の加護が切れたのでしょう…」
アカツキ様に愛想を尽かされたのでしょうね、そう眉を下げ微笑む。
「…そんな方ではない事を、あなたが一番よくご存知なのでは?」
暁孝の言葉に、ヒノは俯いたまま首飾りを見つめた。その腕は所々傷を残している。
「…私は何故、こんな大事な事に気づけなかったのでしょう…あの方が消えてしまった哀しみに囚われ、あの方の元に向かう事ばかり考えて」
その感情に呑み込まれ、我を失ってしまった。アカツキの気配を探して森を彷徨い、自らを傷つけ、その痛みと喪失感は、ヒノから更に自我を奪っていったのだろう。
話を聞いていけば、ヒノ自身が水を操ったり森を荒らしたという自覚は無かったという。どうにもならない感情が、根底にある剥き出しの妖の力に触れ、そしてそれは加護として取り巻いていた神の力にまで及び、一人歩きした感情は一つの意志となり、ヒノの意識を操っていった。
あの水の化身も、ヒノの哀しみでしかない。アカツキに受け入れて貰えない苦しみ。ヒノはずっと池の底でアカツキだけを想い、受け止めきれない苦しみが夜の森を、町を歩いた。
一体どれ程の間、苦しみ続けたのだろう。我を失う程の感情が、あの化身を生み出してしまう哀しみとは、一体どれ程のものだろう。
「…とても愛していたんですね、アカツキ様を」
そんな言葉しか浮かばない。それでもヒノは頷き、ぽろぽろと涙を零した。
「私は、愚かです。アカツキ様の思いも知らず、森や皆さんをこんなに傷つけて…もう、皆さんに顔向け出来ません」
「どうして?僕はヒノ様にまた会えて嬉しいよ!」
俯くヒノにマコが駆け寄りその手を握った。堪えきれない涙が、マコの頬を濡らしていく。
「凄く凄く悲しかったのは、ヒノ様が主様をそれだけ大事に思ってたからです。ごめんなさい、一緒に居られなくて、ごめんなさい、こんなに近くに居たのに、ごめんなさい…!」
「…どうして、マコさんが謝るのですか、私が謝らなくてはならないのに」
顔を俯け肩を震わすヒノを、マコはしゃくりあげながら、だって、とヒノの顔を見つめる。
「僕達は、主様の家族です、ヒノ様は、僕にとっても大切な人です!なのに、僕は側に居ることすら出来ませんでした。
どうか、もう、ご自分を傷つけたりしないで下さい!きっと皆分かってくれます、僕が説得します、だからヒノ様、」
いってしまわないで。
もう、失いたくない。
言葉にならない想いを伝えるように、ぎゅっとマコはヒノを抱きしめる。ヒノはその小さな体に触れ、その温かさに瞳を揺らした。
「…そんな、私は、駄目です、マコさんにそのような言葉を掛けて貰える資格などありません」
「資格なんか何も要らないよ!僕は、ヒノ様に居てほしいだけです!主様だって、だから助けてくれたんだよ!」
ぎゅう、と更に強く抱きつくマコ、その温もりから伝わるのは愛情だけだ、ヒノは堪らずその小さな体にすがるように、ただただ抱きしめた。ここに居ないアカツキの存在を、その哀しみを埋めるように。そして、この小さな神使を哀しみから守らなければと。何故、一人だと思い込んでいたのか、思ってくれる者は、こんなに近くに居たのに。
アカツキを失ってから初めて、生きたいと思えた。
「…私は、ここに居て許されるのでしょうか」
「ヒノ様が居てくれないと嫌だよ!」
「…良いのでしょうか、私なんかが、許されて、本当に良いのでしょうか、」
そこへ、ヒノの体を支え傍らに控えていたリンは、小さい息を零した。
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