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「簡単にはいかないな」 「リン、なんでそんな事言うの!」 「ここら一帯の妖は、皆ヒノ様を恐れてる。森もそうだけど、人の子にも家だけとは言え被害が出たしな」 だけど、とリンは、視線で訴えてくるマコの頭をぽん、と撫で、それからヒノへと視線を移した。 「マコの家族は、俺の家族も同然だ。俺もヒノ様に協力する。もう一度、皆に受け入れて貰えるように俺も妖達を説得する」 大丈夫だ、というリンの言葉に背中を押され、ヒノから零れた涙が首飾りに落ちる。その石は輝きを失っていたが、青の表面は波が揺れるように優しい色を放っていた。 もしかしたら、アカツキの加護が解けたのは、ヒノ自身が未来を選び歩き出す、その選択をさせる為だったのかもしれない。自分で選び踏み出した一歩は、きっと揺らがない。もう大丈夫だと、アカツキは安心したのかもしれない。 暁孝は、無意識に自らの胸に手を当てた。 ヒノは唇を噛みしめながら顔を上げた。その瞳に力は無いが、けれどもちゃんと未来を見つめている。 「アカツキ様から頂いた命、この先は懸命に生きます。この荒らしてしまった土地を、皆さんの為に…これは都合が良すぎるでしょうか」 胸が少し熱くなったのは、気のせいだろうか。 「そんな事ない!そんな事ないよねリン!」 頷くリンを見上げて、マコは暁孝を振り返った。 「そうだよね、…アキ!」 マコは、暁孝を必死に見上げている。懸命に、溢れる気持ちを堪えるように。マコはもう、主が居ない事を、帰って来ない事を知っている。そして、何故、主と同じものを暁孝から感じとったのかも。 それらを暁孝は受け止めて、しっかり頷いた。 「あぁ、それは、アカツキ様がずっと望んでいた未来だと思います」 暁孝の言葉にヒノは再び表情を歪め涙を零し、それから地面に頭を擦りつけ、ごめんなさい、ごめんなさいと、何度も何度も繰り返した。 「ヒノ様、泣かないで」 マコはヒノの涙を拭おうと、その体を抱きしめる。 「そうだ、アンタに泣いてる暇はねぇぞ。これからやらなきゃならない事は山程ある。森の木々を直し、この池も元に戻して、怯えさせた森の住人達に謝りに行かないとな」 リンは、それからと続けた。 「イブキ様も、アンタの事はずっと心配してたんだ。消えたアンタをずっと探してたんだから」 リンとマコの言葉にヒノは恐る恐る顔を上げる。その涙をマコが拭ってやった。 「…私は、本当に皆さんに、酷い事を」 「誰も気にしてないよ。僕は主様のこと大好きだけど、ヒノ様も同じくらい、大好きなんだ。皆、同じ気持ちだよ」 それからマコは首飾りをヒノに握らせた。 「この首飾り、ヒノ様が持っていて」 「いけません!これは、マコさんが預かった大切な物です」 「ううん、持っていて欲しいんです。僕は、ヒノ様が持ってくれてるって思うだけで、とても安心するんです。アカツキ様が、ヒノ様と共に居てくれると思えるから」 だから、お願い。 そう言って見つめる瞳に、ヒノは更に涙を溢れさせ、マコは再びヒノに抱きついた。 自ら気づき立ち上がったヒノを、皆きっと待っていたのだろう。 恐れる妖の正体が、神の力を纏ったヒノだと、どれだけの妖達が気づいていたのかは分からないが、その正体がヒノだと知れ渡っても、きっと、彼女なら大丈夫。 長い間苦しんだ彼女は、きっと強い。 頼もしいマコやリンという仲間もいる。 暁孝は皆の様子を眺め、傷ついた手の平に目を向けた。 妖同士では、ヒノに触れただけでこんな傷を負う事はない。抱きついたマコがけろっとしているのが良い例だ。火と水のような相性もあるかもしれないが、ヒノとアカツキの場合、神と妖という立場の違いから、相性の反発も大きかったのかもしれない。 人と妖の差も、ここにあるように。 「とりあえず一件落着かな」 「あぁ」 「まだ終わりじゃないよ!」 始の言葉に暁孝が頷けば、智哉は暁孝の左手首を掴む。 「これ、どう見ても病院レベルのケガでしょ!今何時?夜間もやってる病院ってこの辺あるのかな」 「確かにこれは医者に診せとかなきゃだね…確か、駅の近くに大きい病院あったよね」 三人で話していると、マコが慌てた様子で駆けてきた。 「帰っちゃうの?」 心配と焦りが混じった顔だ。暁孝はケガをして触れられない代わりに、マコに視線を合わせてしゃがんだ。 「今夜は宿に戻るだけだ。帰るのは…」 「明日には帰るよ。暁君の外傷は人が治療出来るけど、妖の力が混じった池に飛び込んでるからね、二人共…特に智哉君は専門医に早く診せたいから」 「え、俺?」 きょとんとする智哉に、暁孝は呆れ顔を浮かべ、ヒノに配慮して小声で伝える。 「お前、意識乗っ取られたんだぞ?後遺症も出る場合もある」 言われてその可能性に気づいたのか、智哉は言葉を失った。 「…妖と付き合うというのは、そういう危険もあるって事だ。楽しいばかりじゃない」 暁孝はもう一度マコに目を向けた。 「…まぁ、悪いばかりでもないけどな」 そう言えば、マコはにっこりと微笑んだ。 「そっか…」 浮かぶ四つ葉のクローバーのヘアゴムとカラスマンのキーホルダーを見て、智哉は一人思案顔で呟いた。

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