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その後、暁孝(あきたか)を病院に連れて行けば、びしょ濡れの暁孝と智哉(ともや)の姿を見て、医者は何があったのかと目を丸くしていた。理由については、池に間違って落ちたと言い張る事にした、あながち間違いでもない。 暁孝の手のひらは火傷の傷で酷いものだったが、治療を進めていく内に何故か徐々に傷が治っていくので、さすがにこれには医者だけでなく、暁孝も自分の目を疑った。だが、全て治りきったわけではないので、両手に治療を施して貰い病院を後にしたのだが、あり得ない現象に医者は言葉を失い、逆に何も尋ねてこなかったのは、有り難かった。 これもアカツキの力に触れたせいなのだろうか。 暁孝は(はじめ)と共に首を傾げたが、出ない答えに、考えるのは一先ずやめたようだ。(あやかし)が、人間には理解出来ない力を持っている事は、嫌というほど思い知らされている。 とにかく今日は休んだ方が良いと宿に帰ると、暁孝と智哉を残し、始は再び宿を出た。宿の前にはリンが待ち構えていた。その左翼には、包帯のようなものが巻かれている。 「イブキ様の元に案内する。朝一で帰るなら、今の方が良い」 「この間は、朝早くに呼ばれたけど」 「…最近、ちょっと不安定なんだ」 視線を落としたリンに、始は「そうか」とだけ頷いて、車のドアを開けた。 今回、マコを森から連れ出す為に依頼を受けた訳だが、それには、イブキの不安定さも関係していたのだろうか。不安定とは気持ちの問題もあるかもしれないが、イブキの力が安定せず弱まっている、という事も考えられる。 「それより、リン君の翼は大丈夫なの?」 「これくらいどうって事ない、ちょっと痛いだけで、すぐ治せるからな!」 まったく素直じゃないが、それがリンだ。今は空を飛べないので、リンも車に乗り込む。素直じゃないが、智哉が居なくても腰にはカラスマンが揺れている。憎めない奴だ。 「マコ君と、ヒノ様の様子は?」 「今は少し休んでる。森だとヒノ様が辛いから、あの池に居るよ」 「二人だけにして平気?報復的な事されたりとか」 「大丈夫だろ、ヒノ様は元々、この辺りの妖を束ねてたからな。だから、誰もヒノ様には手出ししない」 「妖の長の娘とか?」 「そういうリーダーもいるけど、この辺りは違う。強い奴が妖を束ねられるんだ」 だから皆、ヒノの事を様付けで呼ぶのかと、始は納得した。そして同時に、もしかしたら、地面を抉ったあの力は水を纏っていただけで、ヒノそのものの力なのかもしれない。そう思うと思わずゾッとした。ヒノは美しい妖だったが、見た目では判断出来ないと、改めて思い知らされる。 道路を走っている分には道路脇にライトがあるので問題無いが、山の前に来るとさすがに暗い。しかも、今からこの山に入るのだ。恐怖を感じずにはいられなかったが、リンがパン、と一つ手を叩くと、まるで部屋の明かりを点けるかのように、山道に灯りが次々と照らされていった。 「イブキ様の力をお借りしたから、普通の人間には見えない灯りなんだ。安心していい」 「…助かる」 これには思わず感激した。昼間とはいかないが、夜とは思えない明るさだ。 イブキに会うのは何度目だったか、始は未だに森の神の顔を見たことが無い。 リンが連れてきたのは、アカツキの社とは大分離れた山道を登り続けた先、山の中腹辺りだろうか。山道から外れた獣道を進み、その先の草木を分け入った所に、ぽっかりと空いた広々とした空間があり、そこに、大きく立派な岩の祠があった。 こんな場所、先ず人は訪れないだろう。だが、リン達が手入れをしているのか、草木は整然と整えられており、その敷地はテントだって難なく張れそうだ。 リンが首から掛けていた小さな鈴を鳴らすと、一瞬辺りの空気が震える。景色は何一つ変わらないが、これがイブキの領域に足を踏み入れた合図となる。今この状態で、例え人が祠の前に現れたとしても、その人からは始の姿は見えないだろう。同じ空間に見えて、同じ空間ではない。イブキの張る結界の中という事だ。 しかし、こうして神の領域に招かれても、イブキは人にその姿を晒す事はなかった。始には、彼か彼女かも分からない、イブキは森の木々に身を潜め、そのシルエットすら表に出さなかった。 とは言え、神の存在を感じ言葉を交わす事が出来るだけで、本来は十分な待遇かもしれない。 「無事、騒ぎを治めてくれたようだ、礼を言う」 ざわざわと夜霧の中、木立が揺れる。イブキの声はそれらに反響して聞こえてくる。優しく温かみのある声だ。まるで体ごと包み込まれるような、母のような温もりを感じる。 「お役に立てて何よりです」 始は膝をつき、頭を下げた。ざわ、と木々が揺れる。 「ヒノが迷惑を掛けて済まなかった。人の子達は無事か?」 「はい、意識を乗っ取られた智哉に関してはこれからですが、暁孝に関してはアカツキ様の力の影響か、傷はさほど悪くない様子です。彼がいなかったら、騒ぎは治められなかったでしょう」 「アカツキの生まれ変わりの子、あの子は良くやってくれた」 やはり本当に、暁孝はアカツキの生まれ変わりなのか。疑う様子もないイブキの言葉に、納得せざるを得ない。 「…その、生まれ変わりという話、良く聞かせて貰えませんか」 ざわ、と木々が揺れ、リンは不安そうに下げていた頭を上げた。始には、先程と同じ葉の擦れ合う音にしか聞こえなかったが、イブキに仕えるリンには違いが分かるのかもしれない。 「…私にはあの時、無垢なアカツキの魂を引き止める事しか出来なかった。あれは、アカツキそのものだ」 「え、」

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