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更に問い掛けようとした時、ざ、と風が吹き付け、始の腕をリンが掴んだ。振り返れば、これ以上聞くなと目で訴えられる。その必死ともとれる様子に、これもイブキの不安定さのせいなのかと、言葉を呑み込む。
まさか、ヒノのようにはならないだろうが、また暴走なんて事になっては誰も止められない。相手は、神様だ。
少しすると風が止み、「…すまない」と、再び木葉が騒めく。そのイブキの声は震えていた。
一体何があったのだろうか、イブキは言わないのではなく、言えないのだと感じ、始はそれ以上は踏み込めず頭を下げた。
「…今回、マコに関しても世話になったな、マコの力まで引き出す事にならなかったのも、お前達…暁孝のお陰だ」
「…マコ君、ですか?」
「あぁ、…ヒノが暴れる妖の正体であるのも、アカツキがあちらに還ってしまったのも、マコにショックを与えると思えば、言えなかった。思い出せばどうなるか、私の今の力でマコを抑えられるのか分からない。あの首飾りも、マコの中に眠る力を封じる為の物でもあるが、もしもの場合もあるからな…心は時にとんでもないものを生み出してしまう」
実感がこもる発言には気になったが、それよりも、マコについて何も知らなかった始とリンは、互いに顔を見合わせた。マコには晒してはいけない力があるという事だろうか。そんな事、思いもしなかった。今まで、マコからそういった力の気配を感じた事が無いからだ。それが、首飾りによってその力を封じ込められていたのだとしたら。
二人の顔に不安が滲む、今のマコの首に、あの首飾りはない。
「…イブキ様、その首飾りを外すとどうなるのですか?マコが望んでの事ですが、ヒノ様を止める為に外してから、今もその首飾りは、ヒノ様の元にあります」
リンの進言に、周囲の木々が先程の比では無いほど騒めきだす。イブキの戸惑いや焦りからくるものだろうか。
「イブキ様!ですがマコは、何も変わりありません!ヒノ様が戻られたからなのか、アキの存在のせいか分かりませんが、アカツキ様が戻らない事も受け止めております」
リンの言葉に、騒めきは次第に小さくなる。ここまで神を掻き乱す力が、本当にマコにあるのか、始はイブキの様子にそれを疑いきれず戸惑った。
「…そうか、それなら良い。リン、マコには気を留めておいてくれ。何も無いなら良いのだ」
「首飾りはあのままで宜しいのですか?」
「マコが自ら望んでヒノに手渡したものだ、気持ちを尊重してやりたい…それに、アカツキが去ってもう何百年にもなる、そろそろ潮時かもしれない」
「…何百年?」
始は思わず口に出していた。生まれ変わりとは、それだけの年月が必要なのか、それとも、神の魂を人間に降ろしたからなのだろうか。
思わぬ話の連続に、何だか頭が絡まりそうだ。
ただ分かるのは、今のマコを守るものは、何も無いという事だ。
何だか、嫌な予感がする。
木々が揺れ、始は顔を上げた。
「…アカツキ亡き今、マコの心を治めてくれるのは、あの子しかいないと思った。今、何事も起きないのは、マコの心が安定しているからだろう、それは暁孝の存在も大きな力となっている筈だ。そしてヒノも救ってくれた。改めて礼を言う」
そこへ、木々の影からウサギがひょこひょこやって来て、始の前に咥えていた小袋を置いた。
「薬だ、人に効く。妖に意識を奪われた義一 にも効いたものだ、安心していい」
「義一さんも?」
始は袋を受け取った。手の平に収まる小さな麻の袋だ、それを手にすると、義一の姿が頭を過る。始は意を決し、再び顔を上げた。
「イブキ様、暁孝を義一さんに預けたのはあなたなんですか?アカツキ様は何故亡くなったんです?これから暁孝は今まで通り暮らせますよね」
ざわ、と木々が揺れる中、空気の揺れる気配がして、始は焦って声を掛けた。
「待って下さい!マコの力とは何ですか!」
「…マコには、マコの中のものに悟られないよう頼む、皆にもだ。たまに、暁孝を連れてマコに顔を見せに来てくれると有り難い」
「イブキ様、」
一歩踏み出した時、背後から風が通り抜け、空気が変わったのを感じた。気づけばイブキの気配は消え、ただの森に戻ったのだと知る。
「…あの神様は、なんでこう」
言い掛けて、ボッと目の前に火の玉が現れ、驚いて隣を見ると、リンが目尻をつり上げていた。
「今、イブキ様に対して文句言おうとしただろ」
「言ってない言ってない…!ただ、知りたかっただけだ!真実を知るのは大事だと思わないか?神様の生まれ変わりなんて、もし他の妖達に知れたらとか、身の振り方だって考えないとって思うだろ。それに、マコ君の事だって…」
始の言葉に、リンは幾分怒りを治めた。誰かを心配する気持ちは、リンにもよく分かる。
「随分大事にしてるんだな、あいつの事」
「そりゃ義一さんに頼まれているし、長い付き合いだからね。向こうは鬱陶しがってるかもしれないけど」
「でも、だからといってイブキ様の悪口は聞き捨てならないな」
「…リン君だってマコ君の事気にならないの?君も知らないんだろ?」
するとリンは、ふいっとそっぽを向いた。
「気になるけど、きっと言ってはいけない事情があるんだ。言っただろ、今のイブキ様は不安定なんだ、それなのにあのお方は、いつだって俺達を守ろうとしている。その中にはきっと、アンタ達だって入ってる。イブキ様はそういう神様なんだ。人も妖も動物も自然も、あの方にとっては守るべき者なんだ。だから、誰よりもご自分を責め犠牲にしてる。本当なら、ヒノ様の事だってご自身で解決したかった筈だ」
それに、とリンは続ける。
「俺は別に変わらない、マコに何があろうとなかろうと、マコはマコだ、俺は変わらず側に居るだけだ、何かあれば俺が守ってやればいい。アキだって、そうだろ?アキはアキ、生まれ変わりだろうと何だろうと、あいつはアンタと同じ人間だ」
先を歩き出すリンの背中を追いかけつつ、始はくしゃくしゃと髪を掻き混ぜた。
確かに、それはそうだが。
「それに、アカツキ様の生まれ変わりだ。遅かれ早かれ、自分は何者か知る事になってたと思うけど」
「…まぁ、そうかもしれないけどさ」
だが、だからこそ、先に色々と知っておくべきだと思った。
妖や神、そして人との間で起きる問題は、必ずしも良い結果で終わるとは限らない。
だから心配なのだ、暁孝は血の繋がりは無いのに、義一によく似ている。今回だって、誰かが困ってると知れば、すんなり話を聞いていた。義一の子ならと、暁孝に引き寄せられる妖だって出てくるかもしれない。
危険から遠ざけるには、知る事が大事だと思っていたが、結局自ら危険に首を突っ込み、そして今、逃れられない渦の中に居る気がしてならない。
マコの力が何か知らないが、イブキまで恐れるものだ。それを抑える為には、暁孝しかいないと、イブキに言われたら。
「…これ以上の事が起きないといいけど」
振り返ったイブキの祠はシンと静まり返り、応えてくれる様子は無かった。
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