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始がイブキと会っている間、暁孝と智哉は旅館の離れにて、とある攻防を繰り広げていた。体が濡れているので、お互い早く体を温めた方が良いと思っているのだが、先程からとある事で話がまとまらない。
軽いとはいえ両手に怪我を負っている暁孝を心配して体を洗ってやるという智哉と、温泉、二人きり、という状況から、ヒノに意識を奪われた智哉を思い出し、智哉を直視出来なくなっている暁孝。智哉に体を洗ってもらうなんて、多分色々と堪えられない。しかし、そんな事を本人に言えるわけもなく、智哉に、ヒノに意識を奪われた時の記憶がなくて良かったと思っていたが、今ばかりは何故覚えていないのかと、思わずにはいられなかった。
「だから、大した事ないから大丈夫だ!ビニールでくるめば問題ない」
「でも、ビニールだって隙間から水入って包帯濡れるかもしれないし、わしゃわしゃして洗いにくいじゃん!なんだよ、今更一緒に風呂入るくらい何て事ないじゃん!」
「…お前は、何も覚えてないから言えるんだ」
「だから何の事だってば!」
「それならば、私がお背中お流ししましょうか?」
突然割って入った声に振り返ると、部屋の入口に女将がいた。
「女将さん!すみません、煩かったですか?」
「何かあったんですか?」
二人同時に違う事を言うので、女将はおかしそうに笑った。
「息が合っているのかいないのか、大変な事の後なのに、若い方は元気があって羨ましいですね」
二人は思わず顔を見合わせた。
「まずは湯で体を温めて下さい。少しだけ、お話させて頂きたい事があります」
女将に送り出され、結局話は平行線のまま温泉に入った。だが、いざ共に入浴となると、智哉は暁孝から距離を保ったまま、ずっと喋り続けている。内容があるようで無いような話を、思い立ったまま口に出しているといった感じだ。さすがにいつもと違う様子に暁孝は不安になった。
「どうした?」
まさか、ヒノに意識を奪われた事による影響でも出ているのかと、確かめる為に顔を覗こうとすると、智哉ははっとした様子で「何でもない!」と頭を振り、赤い顔を俯けた。
「ちゃ、ちゃんと洗える?て、手伝う?」
急にしどろもどろになる智哉に、暁孝は「大丈夫だ」と答え、ふと泡の流れる首筋に目が止まり、慌てて顔を背けた。まだ湯船にも浸かっていないというのに、二人揃って逆上せそうだった。
お互い、知らず内に衝動と葛藤を繰り返し、癒される筈の温泉に心を疲弊させながら離れの部屋に戻ると、女将が再び部屋を訪ね、その後料理を運んでくれた。
「湯加減はいかがでしたか?」
「さ、最高でした!」
一瞬二人は目を合わせ、なんとも言えない空気が漂ったが、智哉は妙な空気を振り切るように元気良く答えるので、女将は、ふふ、と笑う。
「先程は、入った気がしなかったでしょうからね」
「え?」
二人して声をハモらせたが、その問いには答えず、女将は居ずまいを正した。
「お礼を言わなければと思いまして。この度は、ヒノ様の気を鎮めて下さり、ありがとうございました」
そう女将に頭を下げられ、二人は驚いた。妖が見える人と分かってはいたが、まさかヒノの事も知っていたとは。それに、もう話が広まっている事にも驚いた。
「女将さんは、妖と交流があったんですね」
「はい。この土地の神や妖達は、半端者の私達を受け入れて下さった恩人です」
「…半端者?」
女将は微笑み瞼を閉じる、すると、その背中から黒い翼が現れた。リンも黒い翼を持っているが彼のものとはまた少し違う、リンの翼の方が小振りだ、彼女の翼は身の丈程の大きく立派な翼だった。
だが、その翼が見えるのは暁孝だけではない。
「え、見える、見えてるの!?俺!」
自分に見える筈が無いと思っていた翼が見える事に、智哉は自分で自分を信じられず、困惑のまま暁孝にしがみいた。暁孝も驚き状況が呑み込めていない様子だ。
その様子に女将は、ふふ、と笑み、頭を下げた。
「申し遅れました、私は半妖 のヤエと申します。私の中には、人間と天狗の血が混じっております。ここは、半妖の者が働く宿なのです」
二人は更に驚き、口をぽかんと開け固まった。半妖と出会ったのは初めてだし、人として働いている、半妖とはいえ妖に会ったのも初めてだった。
「え、でも、どうして俺にも見えるんですか?半分人だからですか?はんようって?」
衝撃続きに混乱したままの智哉の問いに、ヤエは頷いた。
「私達は言葉通り、半分人間の血が入っているので、本当の妖のように人に姿が見られないわけではなく、元々姿が見えてしまうのです。なので、人には異質なものとして気味悪がられ、妖には紛い物扱いされ、居場所も無く追い出されるまま方々歩き、この土地に辿り着きました。また追い出されるかと思いきや、イブキ様やアカツキ様、ヒノ様が受け入れて下さったんです。紛い物ではなく、人と妖を繋ぐ貴重な存在だと。そこで、人に化ける術を教えて貰いました。難しい術でしたが、元々人には姿が見える体でしたので、純粋な妖よりは会得しやすかったのかもしれません。お陰で今、私達はこうして暮らしていけています。居場所を頂けたんです」
マコが智哉に姿を見せた時は、アカツキの力を借りても一瞬だった。妖がそのままの姿を人に見せる事と、半妖が人に化けるという事は、同じようで違うのだろう。
姿が見えてしまうなら、誰かの目を避けて生きるよりも、今まで蔑まれてきた分、堂々と生きて欲しいと、イブキ達は思ったのかもしれない。
そして今、噂を聞きつけた半妖達が集い、最初は食品を扱う小売り店だったらしいが、何百年という時を生きる中、店の姿も形を変え、今は旅館として繁盛しているという。その間には正体がばれそうになった事もあるというが、危機を乗り越えられたのも、信頼してくれた人々や妖達との繋がりがあったからだという。それからは人に正体がばれる事なく、人や妖達とも良好な関係を築いている。人だけでなく、中には傷を癒しに温泉を利用する妖もいるという。
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