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翌朝、普段よりも早い起床時間にも関わらず、暁孝(あきたか)は珍しく智哉(ともや)の手を借りずに布団から起きれたようだ。 身支度をすっかり済ませた智哉がカーテンを開けて振り返る。暁孝と目が合うと、驚いた様子で目を丸くさせた。 「おはよう、珍しく一人で起きれたんだね」 「…子供扱いするな」 「はは、そう言われたくないなら毎朝ちゃんと一人で起きてよね」 笑う智哉の顔を見て、暁孝はホッとした。なんだか嫌な夢を見ていた気がするが、どんな夢だったか思い出せない。 「どうした?」 「…いや、なんでもない。(とも)こそ大丈夫か」 うん、と智哉が頷いた所でドアを軽くノックする音が聞こえた。顔を出したのは始だ。今回、後から合流した(はじめ)は別の部屋を取っていた。 「おはよう、起きてた?」 「おはようございます!(あき)が一人で起きれたんですよ!」 「珍しい、今日は雨が降るかもしれないね」 それは勿論、暁孝が朝一人で起きれたからだ。暁孝を話の種にして盛り上がる二人に、暁孝は不機嫌をそのまま顔に出しながら布団を畳み終えると、その話を遮るように始に声を掛けた。 「そう言えば昨日はどこへ行ってたんだ?」 「あぁ、イブキ様の所へ顔出してたんだ」 え、と驚き固まる二人に、始は苦笑う。想像出来た反応だったのだろう、また、暁孝が詰め寄って来る事も。 「行くなら何で声を掛けないんだ」 更に不機嫌になる暁孝に、始は、ごめんごめん、と肩を竦めた。 「急だったんだよ。病院に行く前にリン君に聞いたんだ、帰る前にイブキ様に会って報告しときたいんだけどって。そうしたら、最初は会うのは難しいかもって言われてたんだ、会うとしても一人の方が良いって」 「どうして?」 「今、イブキ様の状態が不安定らしいんだ、それが関係してるのかもしれない。だからって訳じゃないけど、顔を見せてる俺が行った方が良いでしょ?依頼を受けてるってのもあるし。それに二人は、体に負担が掛かってるし、騒動の後だったからさ。あの濡れた状態で行くわけに行かないしね」 会えるようなら、リンが来てくれるとの事だったので、旅館の前にリンを見つけた始は、二人を置いて慌ただしく出掛けて行った。 「それなら一言言ってくれても」 「会えるか分からなかったしさ…ごめんな」 「…いや、事情があったなら仕方ない。ただ、色々聞いてみたい事があったから」 残念そうな暁孝には申し訳なかったが、始は暁孝を行かせなくて正解だったとも思っていた。イブキは、アカツキがこの世を去った理由を言う事はなかった。不安定な状態で、アカツキの生まれ変わりだという暁孝を前にしたら、どんな反応が返ってくるのか想像がつかない。 「イブキ様には、少し落ち着いてから面会を頼んでみよう。マコ君には、また顔見せてやってって言ってたよ」 もしかしたら、こちらが会いに来る前に呼び出される事があるのではと、考えずにはいられなかったが、これは始の予感でしかない。 それに今は騒動を収めたばかりだ、疲労もあるだろうし、不安が絡む事は今は言わずに、胸に留めておく事にした。 「あと、智哉君にはこれ」 始は、イブキから貰った小袋を智哉に手渡した。 「何ですかこれ」 「イブキ様からのお詫び。人に効く薬だって」 小袋を開けると、中からは紙に包まれた緑色の粉薬が入っていた。開けてみるとむせるほどの強烈な香りが漂う。智哉は思わず顔をしかめて包みを閉じた。 「く、薬なんですか、これ」 「以前、妖に入り込まれた義一(ぎいち)さんも、それ飲んだら効いたんだって。だから効能は保証済みだよ」 「え、これ飲んだんですか?」 智哉は飲む前から顔を青くさせている。飲んだらどうなるか、何となく想像出来てしまう香りだからだ。 「体に良いものは、苦かったりするじゃない」 「えー…何かそんな生易しいものじゃない気がするんですけど…」 始が、備え付けの小さな冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し智哉に手渡す。渋りながらも「ほらほら」と、始に急かされて、懸命に飲み込み盛大に咳き込む智哉。義一も飲んだから、という理由に信用して飲む事を止めなかった暁孝だが、一体あの薬にどんな成分が含まれていたのだろうと、ふと思う。飲んで即ぐったりとしている智哉を見ると、あれは本当に薬だったのかと疑いたくなる。 「…まぁ、よくある事だよ。大丈夫、今は虫だって食べる時代なんだから」 始のフォローの言葉は、智哉を更に青ざめさせ、暁孝の顔を引きつらせた。 「不安しか残らないんだが…本当に大丈夫なのか?」 「大丈夫だよ、あの騒動の後だ、礼こそあれまさか神様が嘘は言わないだろ」 笑って誤魔化す始に一つ息を吐いて、暁孝は小袋を手にし、ふと、義一を思い浮かべた。 「…ここにも来てたんだな」 「フットワーク軽いよね、本当」 肩を竦める始に頬を緩める。全国津々浦々、義一の辿った軌跡を子守唄代わりに聞いていた日々を思い出す。 話として聞いていても、こうして義一が訪れた場所に来るのは初めてかもしれない。 暁孝は、もう会えない義一の存在を感じられた気がして、智哉には申し訳ないが、少し嬉しかった。 身支度を整え、智哉の様子を見てから部屋を後にすると、ヤエが見送りに顔を出してくれた。 「もう、お帰りですか」 「色々と協力して頂いて、ありがとうございました」 「お世話になりました!友達にこの旅館オススメしておきますね!」 ヤエの言葉に、暁孝、智哉は頭を下げながら続く。 「ふふ、ありがとうございます、お二人も仲良く」 「はい、ありがとうございます!」 智哉は元気良く返事をしたが、恐らくヤエの言ってる事と智哉が受け取った言葉の意味は、少し違う。それが分かり、暁孝は一人赤くなった顔を伏せ、これ以上何か言われては敵わないと、智哉の背を押し出した。 「本当に世話になって、申し訳ない」 「いいんです、いつもご贔屓にして下さいますし、私達の町の事ですから、少しでも役に立ちたかったんです。なので、人の子へのフォローはお任せ下さいね」 「ありがとう、本当に助かりましたよ」 「こちらこそです、皆さん、本当にありがとうございました」 始とのやり取りの後、ヤエは深々と頭を下げる。そこへ旅館の従業員達がやって来て、ヤエに倣うように頭を下げた。人にしか見えないが、きっと皆、半妖なのだろう。三人も頭を下げ別れを告げた。 「お気をつけて」との声に、暁孝が振り返る。この旅館にも義一は来ていたのだろうか、ヤエの顔を見ていたらそんな気がしてきた。 暁孝はもう一度、ヤエ達に頭を下げた。

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