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これは、暁孝達がこの町を出てからの話だが、 目を覚ました町はちょっとした騒ぎになっていた。 いくら池の周辺に家々がないとはいえ、夜に何も無い筈の空の一部に灯りが瞬き、ドン、ドンと大きな音が何度も聞こえれば、流石に不思議に思うだろう。中には、池の水が吹き上がっている様子が見えた、という住民も居たそうだ。 これには役所と相談し、池の側で地面が陥没し、それの工事をしていたという事にしてもらった。水が吹き上がったのも、陥没の衝撃によるものだと。 かなり無理矢理な作り話だが、地域の住民達にはどうにか納得してもらえたらしい。役所に妖の理解者が居るというのは、かなりの強みになると改めて感じた。 その池の周囲だが、昨夜の内に森の妖達が協力して、土手の斜面や地面に空いた目立つ穴はある程度塞いだらしい。まだ池の側に立つ木々は薙ぎ倒されたままだったりと、すっかり元通りとはいかないが、これだけで随分印象が違う。 改めて明るい日差しの下で昨夜の痕跡を目の当たりにすると、自分達はとんでもないものと対峙していたんだなと、暁孝と智哉は軽く衝撃を覚えていた。 その修復作業を率先してこなしていたのは、ヒノだったという。無自覚とはいえ自分のしてしまった事、その責任を取るつもりで始めた作業も、気づけば仲間達が駆けつけていた。涙ながらに謝罪を繰り返したヒノを責める妖は、そこにはいなかったという。ちゃんとヒノの思いは伝わったのだろう、それはもしかしたら、ヒノがどんな妖か、皆分かっているからかもしれない。きっとヒノは、昔から愛されていた妖なのだろう。 「大変だっただろう」 「騒動を起こしたのは私なので…」 「それに、このままにしておくと人間が騒ぐしな。調査だなんだと、静かな俺達の住みかを荒らされちゃ困る」 労う始に、ヒノとリンが続く。「マコを呼んでくる」と、リンは池の側、無事だった木々の方へ向かった。夜中、マコも頑張って働いてくれていたようで、まだ眠ってるらしい。 「寝てるなら、そのままにしといてくれ」 「いいよ、起こさないと俺が怒られるし」 暁孝の言葉に、リンは仕方なさそうに笑った。 リンを見送り、ヒノは始の後方に居る暁孝へおずおずと歩み寄る。ヒノの髪は、やはり短いままだ。 「…ごめんなさい、痛みますよね」 暁孝は、ヒノが視線を向けた包帯の巻かれた手を軽く振った。 「大したケガではありません。ヒノ様は?」 「私は守って頂きました、皆さんに」 そこでふと、ヒノの首にある筈のアカツキの首飾りが無い事に気がついた。 「首飾りはどうされたんですか?」 「あれは、マコさんにお返ししました。なかなか受け取って頂けなくて苦労しましたが」 驚く暁孝に、ヒノは、ふふ、と朗らかに笑う。 「…良かったんですか?」 「勿論です。マコさんのお気持ちは大変有り難かったですが、私にはその気持ちだけで十分幸せなんです。それに、あれはアカツキ様がマコさんに託した物。私は、アカツキ様から既に沢山のものを頂きましたから」 そう言って胸に手を当てるヒノの姿に、暁孝はほっとしていた。きっと彼女は、もう昨夜のような姿に戻る事はないだろう。 ヒノは躊躇いがちに「それから」と、池の様子を眺めている智哉に目を向けた。 「…あまり記憶に無いのですが、アキ様の大切な方を傷つけてしまったと聞きました。謝罪をしていたと伝えて下さいませんか?きっと私の事を思い出すのも嫌でしょうが…」 言われて、ヒノに意識を奪われた智哉の艶かしい姿を再び思い出し、暁孝は慌てて頭を振った。 「そちらも問題ありません!こいつ何も覚えていませんから!」 「え、何?」 「何でもない!」 「えー?」 二人のやり取りにヒノはクスッと笑み、それから深々と頭を下げた。 「本当にありがとうございました。このご恩、忘れません」 「俺達は大した事はしていません。良かったです、皆さんにも受け入れてもらえたみたいで。アカツキ様もきっと喜んでます」 「…はい」 微笑むヒノは、美しかった。 「アキ!トモ!」 ヒノの隣にマコとリンが駆けてくる。マコの首には、ちゃんとアカツキの首飾りがあった。その首飾りの輝きが少しくすんでいるように感じたが、それよりも暁孝には一つ心配な事があった。昨夜、マコはアカツキがこの世に居ないと知った。ずっとアカツキの帰りを待っていたマコの心は、大丈夫なのかと。 暁孝は、マコに視線を合わせるようにしゃがんだ。 「マコ、アカツキ様の事だが、」 「大丈夫だよ、アキ。僕には、皆が居るから。ヒノ様も頑張ってるもん。僕も頑張らないと!」 「…そうか」 「…主様、きっと見ていてくれると思うんだ」 それから、マコはきゅっと唇を噛みしめて俯いた。 「どうした?」 暁孝が尋ねると、泣きそうな顔を頑張って堪えて顔を上げる。 「また会おうね!絶対ね!約束だからね!」 必死なその様子に、暁孝もつい口元を緩めた。 「あぁ、またな」 暁孝の言葉に続いて、智哉もクローバーのヘアゴムを、カラスマンのキーホルダーを目印に声を掛けた。 「マコちゃん、元気でね!リン君もね!みんなありがとう」 「それはこっちの台詞だ。気をつけて帰れよ」 「あぁ、世話掛けたな」 暁孝は立ち上がる。別れの挨拶に、マコは堪えきれずぽろぽろと涙を零し、暁孝と智哉の片足ずつに両腕を回して抱きついた。 暁孝がアカツキの生まれ変わりだとしても、暁孝は暁孝だ。アカツキではない。 だがそれでも、これもアカツキのくれた一つの出会いであり、絆だ。 本当の親の顔を知らない暁孝にとって、アカツキと共にあった彼は、もう一人の家族なのかもしれない。 暁孝と智哉は片腕ずつ共にマコの体を抱きしめ、小さな狐の神使に別れを告げた。 いつか、また。 この約束が、こんなに待ち遠しく思うなんて。 今日もこの町の空気は澄み、雄大な森は優しく、彼らに寄り添ってくれているようだった。

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