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忙しなくエレベーターに乗り込んで一階まで下りると、暁孝はさっさと探偵社を出て行ってしまった。智哉は慌ててその背中を追いかける。 「え、ちょっと待って、始さんに挨拶は?」 「どうせその内また会うだろ」 「そういう問題?どうしたんだよ、暁」 「…どうもしない」 足早に少し歩くと、暁孝は街の騒めきに気づいたように足を止める。俯き何か思い悩んでいるようなその背中を、智哉はただ見つめていた。暁孝はそれ以上何も言わない。 智哉に暁孝の思う所は分からない、分からないけど、智哉はこういう暁孝を幼い頃から何度も見てきた。 いつも追いかけていた小さな背中が、暁孝のそれと重なる。変わらない、そう思えるのが愛しくもあり苦しくて、智哉は顔を俯けた。 暁孝は、あまり自分の気持ちを口にしない。怖いとか、辛いとか、苦しいとか。妖が見えていないと振る舞う為か、幼い頃嘘つきだとからかわれた傷のせいか。ポーカーフェイスを装おうのは、彼自身を守る為でもあるのかもしれない。 それは事情を知っている智哉にも同じで、暁孝は智哉にも敢えて口を閉ざす時がある。 それが、智哉にはもどかしく寂しくて仕方ない。 分けてくれれば気持ちも問題も軽くなるかもしれないのに。そう思うのは、勝手な事だろうか。 共に暮らして、相手の見えないものも見えてきたと思っても、暁孝はいつだって遠い。暁孝の隣に立てるなら、変わり者だと思われてもいいと智哉は思うのに、暁孝は智哉にそれを望まない。智哉は妖が見える人間じゃないから、普通の人間だから巻き込むべきじゃないと。 それはきっと智哉を守る為だ、しかし、そうと分かっていても、智哉は暁孝に線を引かれているような気がしてしまう。 診察する前に握ってくれた暁孝の手、少しの恐怖と心細さをあっという間に連れ去ってくれた。 ぼんやりその手を見つめる自分は、幼い子供の時のまま。暁孝の隣には立てないのだと釘を指されたみたいだ。 それが、辛い。 智哉は、ぎゅっと拳を握った。 でも、だからといって、距離など取れる訳がない。 「…そっか。じゃ、帰ろっか!今日は晩御飯何にする?旅館の御膳は美味しかったよなー」 智哉は努めて明るい声を出し、暁孝の手を軽く握って歩き出した。 諦めたくない、今の暁孝をそのままにしておけない。そのままにしたら、本当に知らない誰かの元へ行ってしまいそうだからだ。 暁孝の手の傷を庇いながら、智哉は暁孝の手を握る。暁孝の側には自分が居る、少しでも思いが伝わるようにと願い、気持ちを込めて。 それは智哉の勝手な思いや意地からくるものだったが、暁孝は振り払う事はしなかった。 車通りが激しい表通りには出ず、人が比較的少ない路地裏を行く。たまにすれ違う人々は、手を繋ぐ二人を見ているようで見ていない。 その無関心の中、ただ寄り添ってくれる温もりがある事に暁孝は救われていた。 暁孝にとっては、いつもこの手は救いだ。智哉は、暁孝の中に渦巻く言葉に出来ない思いを、いつだって気づかない振りをして手を引いて歩いてくれる。 何も聞かず、何も言わず、ただ暁孝の気持ちを守るようにそっと。幼い暁孝はそれだけで安心出来た、自分を肯定出来たし、一人ではないと思えた。 今もそうだ、揺れて騒めく心を見抜いたように、大丈夫だと宥めてくれる、寄り添ってくれる。 だが同時に、自身を見下ろした暁孝は、広がっていく感情の情けなさに目を伏せる。 自分は子供の頃から変わっていない、恐怖に取り囲まれて逃げ出して。差し出してくれる手をいいことに、その手に許されて、甘えてしまう。いつまでもこんな風に頼りにしてはいけない、智哉の優しさを利用してはいけない。いつかは離さなくては。 智哉が大事なら尚更、愛しく思うなら、尚更。 だが、果たして出来るのだろうか。 「…俺はお前に頼ってばかりだな」 ふと零れた本音に、智哉はきょとんとして振り返った。

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