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暁孝(あきたか)智哉(ともや)は我が家に帰ってきた。それからは、いつも通りの日々が過ぎていく。 寝起きの悪い暁孝を智哉が起こし、そのまま智哉は慌ただしく出勤、暁孝は割り振られた家事を適当にこなし、小説の執筆に取りかかる。ハウスキーパーの芳江(よしえ)には、新幹線の車内販売で買った笹かまをお土産に渡した。慌ただしく帰って来たので、お土産の事などすっかり失念しており慌てて買ったのだ。とは言えそこは名産品の笹かまだ、暁孝達も何度か食べた事があり、味は保証済み。芳江も喜んでくれたので、ほっとした。 そんな調子で平和な一週間が過ぎた。 だが、平和でいられたのもその日まで。愛が懸念していた通り、(あやかし)が暁孝達の家を訪ねてくるようになったのだ。 暁孝がいつものように自室でノートパソコンに向かって作業をしていると、コンコン、コンコン、と窓を叩く音がした。暁孝も智哉も自室は二階にある。窓の側に背の高い木が生えている訳でもなく、まさか誰かが窓をノックする筈もない、小石が当たるような音にも似ているが、間も空けずに同じ場所に投げつけるとなると、高度なテクニックが必要そうだ。 暁孝は、またかと溜め息を吐いた。妖がやって来たのだ。 妖の仕業だとすぐに分かるのは、玄関だと門前払いをくらうと学んだ妖達が、暁孝の部屋の窓に姿を現すようになったからだ。ある者は壁をよじ登り、ある者は首を伸ばし、ある者は身につけた力を生かし氷の階段を作ったりとやりたい放題だ。 暁孝は億劫そうに腰を上げると、デスクの前にある窓を開けた。 どうやら今回の妖は、空から来たようだ。 そこには、一羽の鳥がいた。鷹のような姿形をしているが、尾が異様に長く、二階の窓から地面まで届いてもまだ余っている程。そしてその尾は七色に羽が色づけされていた。嘴は赤くエナメルのような輝きで、足の鋭い爪も同様だった。目は大きくまるで化粧を施しているように派手だ。鷹だが、派手さからは孔雀といった印象だ。勿論、こんな鳥は鳥類図鑑に載っていないだろう。 「…何のようだ」 「おや、冷たいねぇ。噂を聞き付けて九州から飛んで来たって言うのに!アンタ、あのギイチの息子でとんでもない力の持ち主なんだろ?どんな依頼もあっという間に解決するそうじゃないか!」 わざわざ遠くからご苦労様、と労ってやりたくなるが、その前に、大分噂に尾ひれがついている事に溜め息が出た。連日入れ替わり立ち替わり良く来ると思っていたが、暁孝は妖の間ではいつの間にかスーパーマンのような位置付けになっている。 暁孝は再び溜め息を吐き、頭を掻いた。 一体どこで拗れて伝わってしまったのか。暁孝はマコと出会ったあの件以来、どんな依頼も受けていないし、妖が望むような力もない。アカツキの生まれ変わりと言われようが、特別な力もない普通の人間だ。 「何かの間違いだ、俺はそんな事をした覚えはない。何か困ってるなら、イズミ探偵社に行ってくれ。九州に比べたら、探偵社はすぐそこだろ」 窓を閉めようとする暁孝に、赤い嘴が慌てて窓に齧りついた。さすがに綺麗な嘴を傷つけるわけにはいかず、暁孝は手を止める。 「待っておくれ、話をちょいと聞いておくれよ!アタシには、極彩色の美しい羽があったんだ!見てくれ!こんな地味な出で立ちを!可哀想だと思わないかい?探してあげようとは思わないかい?」 潤む派手なアイメイクの瞳に迫られ、暁孝はその頭を押し返す。 これを地味だと言うなんて、気がしれない。少なくとも暁孝の価値観とは合わない。 「どこもかしこも、あなたは今でも十分派手でキレイだよ!それ以上派手になってどうする!」 「や、やだよ、口説かないでおくれよ、人の子のくせに!こんなアタシが美しいなんて、そんな」 もじもじと頬を赤らめた様子の鷹孔雀を更に押し出し、暁孝はさっさと窓を閉め、カーテンを引いた。 「ちょ!まだ話は終わってないよ!羽が一つ見当たらないんだ、一級品の羽なんだ!」 「だから、探し物なら探偵社へ行ってくれ!」 探しのプロに頼む方が絶対効率が良いし安心だ。そう思うものの、暁孝を頼ってきた鷹孔雀も引けないのだろう、ココココ…とキツツキのように窓を叩き出した。頭を抱えたくなった頃、今度は部屋のドアがノックされた。暁孝はほっと息を吐く。家には智哉しか居ない。 「(あき)、ご飯出来たよ…って、どうかした?なんか凄い音してるけど」 「どうもしない、行こう」 「ちょっと!アタシを見捨てる気!?」 「どの道、九州まで行く余裕はない!」 「え?九州?」 突然怒り出した暁孝に、智哉は何事だと不安そうな顔をしたが、暁孝は何でもないんだと首を振って、智哉の背を押し、部屋を出た。 リビングに入ると、シロが勝手知ったる顔でソファーで丸まっている。 「シロ、居たなら外の鳥に何か言ってくれ」 「シロちゃん来てるの?」 「あ、鳥といえばアキ、また事件だ」 「なんだ、聞きたくない」 暁孝は、キョロキョロする智哉の背中を再び押し、ダイニングへ向かわせる。 シロは、ソファーを下りて二人の後を追う。 「ぬりかべの頭に鳥が巣を作ったらしくて、ちょっとした怪奇現象になってるぞ」 「なんだその珍事件…」 「隣町の空地なんだけどさ、」 「人が騒げば役所が動くんじゃないか?妖の事は分かってるだろうし。その前にぬりかべは、なんで自分で退かさないんだ」 「それが自分で退かそうとすると、鳥がつついてくるんだって。だから諦めたらしいよ」 「じゃあ、仕方ないな」 「人間は見たらびっくりするよ?だって、空に巣が飛んでるんだもん!良いの?」 「俺には関係ない」 「また妖がくるかもよ、近くだし」 「ならお前からも言ってくれ、探偵社に行けって」 「無理だよ、話の分かる人間って、ハジメくらいしかいないじゃん」 「なら、(はじめ)さんを指名すればいい」 「あいつ忙しいんだろ?ハジメだって、まあ許せるかな~って感じなのにさ、それ以外の奴が対応するんだよ?」 「本来見える人間の方がおかしいんだから、仕方ないだろ」 「…ね、さっきから何の話してるの?シロちゃん居るの?」 「いいんだ、(とも)は知らなくて」 そう優しく言われても、智哉を不機嫌にさせるだけだ。暁孝は、妖が来るようになっても智哉にそれを話そうとはしない。聞いても教えてくれない。智哉にとっては、自分だけ仲間外れにされた気分だった。 暁孝とシロが言い争ってる様子を眺めつつ、テーブルの席につく。智哉には、テーブルの下に向かって話す暁孝の言葉しか聞こえない。 こんな風に目の前で妖と接する暁孝を見るのは初めての事じゃないのに、胸の奥が騒ついて仕方ない。 自分だけ何も知らない。 暁孝の目に映らない事が寂しい。 それはやはり、暁孝がなんと言おうが、彼が自分の知らないどこかへ行ってしまいそうな気がして、怖い。 智哉は、きゅっと唇を結ぶ。それから、心の中で頷いて、ハンバーグにかじりつく。 たった今、決心がついた。 智哉は未だシロと口論を続ける暁孝を睨むように見て、今に見てろと心を燃やしていた。

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