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「あ、あああ暁!来て!!」 暁孝が密かに自身に対する決意を固めていると、突然、智哉の切羽詰まったような大声が響き渡り、暁孝は心臓が飛び出る思いだった。 最近、妖達は窓からやって来るので油断していたが、玄関に現れたのだろうか。それだけならまだいいが、あまりに依頼を受け付けない暁孝に苛立ち、まさか智哉を襲ったりしてないだろうなと、嫌な予感が頭を過る。 智哉の為に断り続けていた事が仇となるなんて、洒落にならない。 「どうした、智、」 慌てて玄関へ向かえば、おろおろと狼狽える智哉と、ここには居ない筈の妖の姿に、暁孝は驚いて言葉を失った。 ふさふさの尻尾を左右に揺らし、少し恥ずかしそうにしている神職のような袴姿の少年。そのふわふわの髪には、智哉があげたクローバーのヘアゴムが結ばれている。紛れもない、マコがそこに居た。 「ね、俺があげたやつ、クローバーのヘアゴム!マコちゃん居るよね、これ!ね!」 「あ、あぁ…マコ、なんでここに?」 暁孝が近づいて視線を合わせるようにしゃがむと、マコは恥ずかしそうに下げていた視線を暁孝に向けた。それから、智哉を見て、再び暁孝へ視線を戻すと、堪えきれないといった様子で破顔し、勢いよく二人へ飛び込んだ。 「アキ!トモ!会いたかった!」 その尻尾は、嬉しそうに揺れている。暁孝はその体を受け止めた。本当にマコだと、まだ信じられない様子で智哉と目を合わせた。 「ハジメに連れてきてもらったんだ!」 「始さんに?」 すると、タイミング良くインターホンが鳴った。智哉がドアを開けると、少しくたびれた様子の始がいた。 「始さん、こんばんは…って大丈夫ですか?」 「こ、こんばんは…マコ君来てる?」 息切らす始を心配そうに見ていた智哉だが、始の後ろからカラスマンのキーホルダーが見え、再び目を丸くしていた。 「リン君!?リン君も来てる!?」 宙に浮いてるカラスマンに智哉は嬉しそうだが、リンはどこか照れくさそうだ。暁孝も驚いた様子だったが、その表情は徐々に険しいものになっていく。 「リンまで…始さん、どういう事だ、これは」 「いや~、ここが君の家だって言ったら全速力で走って行ってさ…あ、そういえば、この間の検診も二人共異常が無かったようで、良かった良かった」 早速話が逸れていくので、暁孝は苛立ち始に詰め寄る勢いだったが、抱きつくマコを振りほどいてまでは行けない。 「そうじゃなくて、ここにマコとリンが居る理由を聞いてるんだ!何かあったのか?」 頭に浮かぶのは、最悪な出来事ばかりだ。まさかあの森に何かあったのか、ヒノの居た池で起きた現象を不審に思った誰かが、妖の正体を暴こうとしているのではないか。もしくは、外部からやって来た妖が殴り込みに来たとか。 表情に焦りを滲ませる暁孝に、始はどこか力が抜けた様子で笑う。 「君は心配症だね。ほら、マコ君」 始に促され、マコは少し暁孝から離れると、再び二人を交互に見上げた。 「アキ、トモ、僕、一緒に居てもいい?」 思いがけない申し出に、暁孝はきょとんとした。智哉に至ってはマコの声が聞こえてないので、何も分かってない。 「マコが一緒に居てもいいかって」 そんな智哉に暁孝が教えると、智哉は驚いた様子だったが、すぐに表情を崩し、瞳を輝かせた。 「本当?良いよ、一緒に暮らそ!」 しゃがんで、マコのヘアゴム目掛けて腕を広げる智哉に、マコは飛び跳ねて彼の腕の中に飛び込んだ。マコの温もりに智哉は嬉しそうで、透明なその体を抱きしめ返す。ふわ、と木漏れ日の香りがした。 「おい、勝手に…」 「え、ダメ?」 「…ダメ?」 さっさと話を進めてしまう智哉に、思わず暁孝が口を挟めば、二人揃って同じ顔で見上げてきた。暁孝からしてみれば、捨てられた子犬の兄弟に見つめられている気分だった。 智哉は恐らく、こうすれば暁孝が話を呑んでくれると踏んでやっているが、マコは純粋に、智哉と同じ事をしたくて真似ているのだろう。あの短期間でよく懐いたものだと感心する一方、暁孝が逆らえないものが二倍になるのだと思うと、ちょっと待てと言いたくもなる。 あの顔に勝てないのは、惚れた弱みだろうか。 「似たような目で見るな!ダメじゃないが、理由があるんだろ?イブキ様には言って来たのか?リンも居るって事は、リンもここで暮らすって事だろ?」 マコが仕えていたアカツキはこの世に居ないが、リンにはイブキという主が居る。神使が離れて大丈夫なのかと、純粋な疑問だった。 「勿論、許可は取ってある。それにこれは、イブキ様の意志でもある」 リンの言葉に、暁孝は首を傾げる。何故、イブキがマコとリンを寄越すのか、理由が分からなかった。 「マコ君が、暁君達の家に来たかったんだよね」 何か聞きたそうな暁孝を前にし、始はどこか焦った様子でマコに水を向けた。 「うん!イブキ様には、ちゃんと言って出てきたよ。僕の主様はもう居ないから…どうしてか、主様が居なくなってしまった日のことも、社が壊れてしまったことも僕は覚えてないけど…」 確かヒノは、自分が共に居たいと願わなければこんな事にはならなかった、と言っていたが、その真相を確かめる前に帰ってきてしまった。マコも知らないという事は、森の皆がその話題に触れないよう気遣っているのか、はたまた誰も知らない何か事情があるのか。 「…まだ、怖いんだ。主様が居なくなった日の事を聞くのが。でも、あの社に居たら、僕は主様を待ってしまう。ヒノ様も頑張って前に進んでるのに、僕だけ前に進めない、それじゃダメだと思ったんだ。僕も成長したいんだ!」 真っ直ぐ暁孝を見上げるマコの頭を、リンがぽん、と撫でた。 「俺は、マコが一人だと心配だからって理由で、イブキ様から送り出されたんだ。イブキ様を守る神使は他にもいるけど、マコには家族もないからさ」 続けながらリンは、ちらと始に目を向ける。 「そーそー。それで、それなら、うちの探偵社で雇うのはどうかと」 「…は?」 マコの言葉に納得しかけた暁孝は、思わず声を上げた。

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