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 客用スリッパが、ぺたんぺたんと間の抜けた足音を生む。進む廊下には、だんだん、積まれたダンボール箱や置きっぱなしの建材が目立つようになってくる。建物の奥側──事務室のあたりはもうほぼ完成しているけれど、表側、かつメインスペースであるキッチン部分は、まだ内装工事の途中だ。  人気料理研究家・滝口智史さんが経営することになる、キッチンスタジオ。  このスタジオのいちばんの特徴は、大きな窓。惜しげもなく太陽光を取り込むそれは、いっそ贅沢なくらいに広く青い空を見せてくれる。さっき、事務室の窓辺からも見えていた庭木たちは、当然、こっちの窓の方が表舞台だ。  とはいえ、あちこちの壁や天井にはまだ保護材の覆いが付けられたまま。自慢の窓にも、ガラス部分すべてに目印のテープが貼られていた。見渡すフローリングの床の上には、とりあえず運び入れただけといったようすの大型家具たちが、いびつな山のシルエットを作り上げている。 「何度もごねない。言っただろ? オーナーの俺が、(あずさ)に決めてほしいの」  笑み混じりの滝口さんの声が、ふわり、と優しく響いた。  彼が居るのは、フロアの中央あたり。仮置きのリビングテーブルのところ。そこでなんらかのカタログやサンプルを広げているみたいだ。  ──傍らには、普段から仲睦まじい恋人の姿もある。 「ほら、難しく考えないで、直感でいいから。どっち?」 「えー? んー……えー? やっぱりわかんないよ、どっちも良い。どっちも合う」  テーブルに軽く腰を預けた滝口さんの姿は、僕の位置からだと白シャツの背中だけが見えた。……いや、本当は、彼が恋人を見つめる横顔もよく見える。その、特別製の優しい眼差し。単なる『仕事相手』に過ぎない今の僕には、決して向けられることのないもの。  滝口さんは、相手を甘やかすように訊いた。 「どっちも好き?」 「そう。それ! どっちも好き!」  滝口さんの恋人・篠宮(しのみや)君は、ぱっと花が咲くみたいに華やかな、屈託のない笑顔になる。彼はともすれば性別を見誤ってしまうくらい、ユニセックスな顔立ちだ。その声音も、ハスキーな女の子で通りかねないほど柔らかい。  大きな瞳にはきらきらときらめくような愛嬌があって、世界中のときめきをすべて集めたみたいに人目を惹いた。 「困ったな」  滝口さんの方も、その目じりをふんわりと溶かすように笑う。 「俺もこれ、どっちも良いし、合うと思えるし、好きなんだよね」

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