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「すみません」
机上を片す滝口さんに向けて二、三歩だけ歩み寄りながら、僕は声を投げ掛けた。彼がすぐに目を上げてくれるから、それ以上、足を進めずに済む。
「瑠姫 君?」
「あっほんとだ瑠姫だー! お疲れ!」
滝口さんに続き、篠宮君も明るい声を投げ掛けてくれる。ちょっとだけ猫っぽい、愛らしいアーモンド型の瞳をまるくして、彼はぐっと片手を突き上げた。
「お疲れさまです」
僕が一礼すると、篠宮君はその手をぐっぱーぐっぱーにする。返事? をくれたのかな。かわいいな……。
その間に、いくつかのサンプルを片腕に抱えたまま、滝口さんがこちらへやって来る。
「瑠姫君、今日はもう終わり?」
「……はい。ノルマ分は進みましたので、今日はこれで失礼します。また明日、今日と同じくらいの時間にお邪魔します」
「うん。ありがとう。結局しっかり手伝ってもらうことになっちゃって、ほんとに申し訳ないけれど……教室の方は大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
「そう」
僕の返答があっさりしすぎていたのか、頷き返す滝口さんの表情は寂しそうだった。
だからと言って、まさか以前のように接するわけにはいかない。
僕にとっての滝口さんは、長年、頼れる相談役のような人だった。僕の抱えている仕事をすっかり打ち明けて不安を聞いてもらったり、いっしょに解決策を考えてもらったり。だけど、今はもう、それは出来ない。
滝口さんは先々月末をもって『社外』の人だ。……いくら僕でも、そのくらいの分別と常識はある。
それでも、滝口さんは今までと変わらない、気遣わしげな表情で僕を見下ろすんだった。
「もしちょっとでも負担に思ったら、瑠姫君一人で抱え込まずにちゃんと音を上げるんだよ。こちらはいつでも人手を増やす気はあるんだから、遠慮なんかしたらだめだからね」
「はい。ありがとうございます。それと一応、事務室の方はぜんぶ……パソコンとか、空調とか、照明も落としてあります」
「うん。わかった。それじゃあ瑠姫君、また明日」
「はい」
頭一つ分は優に高い位置にある、滝口さんの茶色い瞳。いま見上げるそれは、すっきりと綺麗なだけで、なんの温度も感じられない。
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