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もうずっとずっと前のことのように思える。過ぎ去った夏。僕がこうして見上げる滝口さんの瞳には、『特別な光』があった。
──僕、紫藤 瑠姫のことを、「特別だ」と想っていてくれた光。
『瑠姫君のことが好きだよ。……言ってる意味、わかる?』
そんな滝口さんを振ったのは、ほかでもない僕だ。紛れもなく、僕のしたことなんだ。僕が選んだ、僕の未来。僕の選択。
だから、「寂しい」なんて思ったらいけない。
もしも、あの時に戻れたら──もう一度、あの頃の滝口さんを取り戻せたら。なんて。
(そんな都合の良いこと、ないんだ)
この数ヶ月ですっかり上手になったのは、造り物の笑顔。ぴったりと顔にはまるその仮面を付けて、僕はまっすぐに滝口さんを見上げた。
「それでは、さよなら」
滝口さんの腕の中には、いまは、篠宮君が居る。
それが彼の選択。
(無理もないよ)
篠宮君は魅力的だし、それ以上に、滝口さん自身が引く手数多の人気者だった。同性愛者であることを大っぴらに公表しているわけではないみたいだから、それが同性であると把握している人は少ないけれど、それでも、滝口さんとある程度親しく接した人なら彼がどれほどパートナーを大事にするかは知っている。
(だから)
僕が今になって「好きです」と言ったところで、誰が喜ぶだろう? ……誰も。僕自身でさえ、そんな自分は許せない。
遅すぎた想い。
気付いた時にはもう、とっくに不要の恋心。
……いまはまだ、どうしても、ずきずきと疼くけれど。
僕の立ち去った後、再び和やかに交わされる幸福な恋人同士の会話を知って、呼吸さえつらくなる。けれど。
平気だよ。
(──僕は)
この恋を葬れる。ちゃんと。
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