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「ありがとうございます。高橋先生も、今日はもう上がりなんですね。お疲れさまでした」  形だけなら完璧に「にっこり」しているだろう、僕の仮面の笑顔。それを前に、高橋先生は何かを見つけたような表情になる。 「紫藤君……」 「はい」 「って、やっぱりすごく、綺麗な人です、ね……」  言葉の途中から、彼は自身の発言が唐突だったことを自覚したんだろう。声音が尻窄みに小さくなって途切れてゆく。 「ご、ごめんなさい。急に、変なこと言ってますね、オレ」 「いいえ。褒めていただくのは恐縮しますが、嬉しいです」  いまの僕の仮面は、この程度では剥がれない。それになにより、高橋先生の言う「綺麗」は本当に言葉どおりの意味で響いた。公園の紅葉を愛でる、夜空の月を見上げる、そんなふとした瞬間と同じ。  だから僕も、良い天気の日の世間話みたいに返すことが出来る。 「でも、高橋先生からそんなふうに言っていただくのは不思議な気がしますね」 「え?」 「高橋先生はテレビ番組の方のお仕事で、本物の綺麗な人をいつも見ているじゃないですか。ああ、そうですね。もし俳優さんと比べた上で言ってもらったのだとしたら、僕は全力で遠慮しないといけないですね……。さすがに、荷が重すぎますから」 「そんなっ……比べてはないですし、ぜんぜん、なんにも、他意はないです。……く、つ、続木(つづき)さんと、紫藤君は、ビジュアルの系統も違うというか……オレ、紫藤君を初めて見た時、あんまりに綺麗な子でびっくりしたんです。よく出来たお人形さんのようって言ったら失礼ですけど、造り物みたいに綺麗で、でも、どこか危うい感じがして。だけど最近はもっと、なんだか……」 「?」  高橋先生は、その先を自身が望むようには言語化出来なかったみたいだ。うやむやのまま、「変な話で引き留めてすみません」と僕を解放してくれる。  それを幸いに、僕は笑顔の仮面を装着し直した。正直なところ、自分の容姿になんて関心がない。むしろ話題として積極的に触れたいものでもなかった。 「いいえ、気にしないでください。……じゃあ、お疲れさまでした。また明日」  はい、また明日、と返してくれる高橋先生を見送って、僕は僕のタイムカードを通した。事務室を奥へ進みながら、誰へともなく「ただいま戻りました」と告げる。おかえりなさい、お疲れさま。響く返事の中から「紫藤君、ちょっといい?」なんて呼び止められる日もあるけれど、今日はすんなりと最奥の扉にまで歩んだ。  それを開いた先──岡山苑子の社長室が、彼女の秘書たる僕の仕事場だ。

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