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「滝口さん、いまお手隙ですか?」  翌日。僕は午前遅くに滝口さんのオフィスへ入り、ここでも行うメールチェックなど細々したことを片付けてから、スタジオスペースへ向かった。  滝口さんの姿は、大きな窓のすぐ傍にある。  長い脚を持て余すみたいにフローリングの床に座った彼は、その手元にたくさんの書類を広げていた。俯く視界の邪魔になるからか、前髪をピン留めしている。それから、眼鏡。 (眼鏡!?) 「うん。いいよ。なに?」  滝口さんは僕を見て、いつもみたいににこやかに声を発する。その容貌に強いアクセントを加える、ちょっとレトロな黒縁眼鏡。重ためなそれが乗ることで、彼の柔らかい眼差しには絶妙な愛嬌が上乗せされてた。 (に、似合う──っていうか、か)  もともとの目元の甘さは無防備な隙になって、さらにそこに、前髪のカラフルなピン。はっきり言って、大人の男性が持つチャーミングさの限界を超えてる。 (可愛い……) 「さ、……作業中、ですか?」  思わずの動揺に、僕の声がどもってた。だめだ。冷静に、冷静に。というか、こんな時こそ仮面の出番。  僕は口角を引き上げて、誰が見ても「にこにこ」しているだろう表情になる。 「そういえば、滝口さんの眼鏡、僕は初めて見ました。とてもお似合いですね」 「あれ、そうだった?」  滝口さんは意外そうに瞳をまたたかせた。 「家で書類仕事する時は、たいてい眼鏡だよ。今日は何の撮影もないから……ああ、そっか。教室に行く日はいつもレッスンがあったから、朝からしっかりコンタクト入れて行ってたんだ。生徒さんの前で眼鏡は、ちょっとね」 「抵抗あるんですか?」 「そうだね。自分の中ではオフモードのアイテムだから、変に気が抜けちゃうというか……人前に立つ時には、眼鏡じゃなくてちゃんとコンタクトしないとって気になるね」 「そうなんですね……」  当たり障りのない相槌を打ちながらも、心臓の脈動がすごい。息も詰まるみたいな感じがしていて、出来ればここで深呼吸をしたいくらいだった。

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