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「うん。……すごいひと、だよ」
両手の指をすり抜けて落ちていった、幻の金色の砂。僕はそっと自分の手を握る。そこにはいまも、僕一人分の体温しか感じられない。……あたたかいけれど、何もない。
(でも、「あったかい」ってわかるようになった)
三十六度ちょっとの平熱が、今日も僕の心身をまっすぐに立たせてくれている。自分が熱いのか冷たいのかもわからなくなって、まともにベッドから立ち上がることすら出来なくなってた日々を思えば、この掌のあたたかさは宝物みたいだ。
「滝口さんには、ほんとにたくさん面倒を見てもらったんだけど……。そのおかげで、僕は今日もちゃんと生きていられる。大げさかもしれないけど、そう思うよ」
とびきり幸運で幸福な、彼の傍に居られた日々。
今はもう、それは、どこにもないけれど……。
「瑠姫のそれってさ、どういう種類の気持ちなんだろうな」
「え?」
「いや。いい。つか、こんなとこで訊くのはさすがに無粋だわ」
大輔は自省するみたいに呟くと、軽い仕草で席を立った。スーツの脇にはいつの間にかビジネスバッグが挟まれているし、利き手には、お皿とグラスが危なげなく載ったトレイ。ぜんぜん無駄のない動きでそれらを専用スペースまで持って行くと、まだスツールの上でもたもたしている僕を振り返る。
「瑠姫」
「あ、うん」
「今日行く店、どっち方面だっけ? 瑠姫の教えてくれる店、どこも旨いんだよなあ」
ついさっき食べたケーキはどこへやら、大輔は「腹減った」とでも続けそうな言い方をする。
僕が知ってるお店はぜんぶ、滝口さんから教わった店だ。
(そりゃ当然、美味しいよね)
僕は大輔の隣を歩いて道案内しながら、覚えてるかぎりのお店の情報を並べてみる。主に和食を出す創作料理屋で、お豆腐と魚が美味しい。呑める人なら、日本酒も。
「あと、全テーブル半個室だから、すごくゆったり過ごせるよ」
「お。良いこと聞いたな」
「? なに?」
横顔の大輔が、なんだか悪戯っ子みたいに破顔する。僕が問い返すと、大輔は口を横に開いた笑顔のまんま、こっちを見た。
「さっきの話。ほかの客の耳を気にしなくていいんなら、がんがんに追及してやるよ」
「えっ……」
僕は虚を衝かれた気分で、両目をしばたたく。……そういうことに、なっちゃうの?
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