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久しぶりに顔を合わせた滝口さんは、久しぶりのはずなのに、そんな空白さえきれいに消し去ったかのように「いつもどおり」だった。
やっぱり彼は、本当に大人だ。
僕は小さな安堵と小さな落胆を、どっちもおんなじ重さで、胸の中に落とす。かろうじて、溜息だけは飲み込んだ。
「内覧だなんて言ったけど、瑠姫君はもうほとんど完成間際まで見てるんだよね。大げさに披露してみせるほどには変わり映えがなくて、がっかりしたかな」
「そんなことないです。素敵です」
滝口さんの言うとおり、スタジオの大きな窓ガラスのすべてに貼られていたテープはすっかり取り払われていた。
影絵のようにおとなしく立つ木々たち。
冬の午後の陽差しが、やわらかにきらめきながら降りそそぐ。
殺風景だったフロアには、白い革のソファや観葉植物が置かれていて、その足元に敷かれた落ち着いた色味のラグがひときわ心地よい空間を演出していた。
すっきりとシンプルなラインながら繊細な影を生み出す棚に、ふわりと優しさを足すような華やかな色のファブリック。
お手本の一歩先をゆくみたいな、洗練された北欧テイストのインテリア。
リビングスペースの隅には大きな薪ストーブもあって、フェイクなのかと思えば、実際にちゃんと火を入れることも可能らしい。
「すごい……。キッチンだけじゃなくて、リビングでもいろんな撮影が出来ますね」
「藤田さんがね、ほんとに贅沢なんだよねえ」
滝口さんは仕方なさげに言って、笑みを洩らす。藤田さんというのは、滝口さんといっしょにこのスタジオを起ち上げた共同経営者の方だ。
僕はそれから、メインスペースであるキッチンの方も案内してもらう。フローリングを歩いて行って、厨房内へ入る時。つい、少しだけ身構えてしまったけれど……正面から見ても、内側から見ても、キッチンの色は落ち着いたブラウングレーで統一されていた。
「すごく、滝口さんに似合う空間だと思います」
「そう? そんなふうに言われると、ちょっと照れるね」
どこか面映ゆそうな滝口さんの表情を見上げていると、その空気があんまりにも穏やかで、ふいに、今がいつだったかわからなくなる。
IHコンロの性能についてだとか、大型冷蔵庫の中を見せてもらったりだとか。……僕がスウィートホームクッキングに勤め始めたばかりの頃も、そんなふうに二人、教室の中を見て回った。
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