40 / 70

7 -01

 僕が新卒で採ってもらった会社では、新人のエンジニアには必ず一人、先輩社員が『教育係』として付くことになってた。  社内のルール、仕事の進め方、得意先や上司へのメールの書き方まで、新人はその『教育係』から教わる。  たとえば同期の中には、どうしても反りが合わない先輩と組まされたことを嘆いてしょっちゅう愚痴を零してるような気の毒な人も居たけど、僕は幸いそんなことはなくて、先輩との関係は良好だった。  先輩は、仕事ぶりを素直に尊敬出来て、人格的にも頼れる人だ。そんな相手に、僕は自分でも不思議なくらい懐いていたし、向こうもいっそあからさまなほど僕を可愛がってくれてた。 『紫藤君と彼は、もはやニコイチだよね』  同じ部署の女性の先輩から、微笑ましそうな笑顔でそう言われたのをよく覚えてる。  ……それが良くなかったとは、今だって思わない。でも。  何事もなく一年が過ぎ、「新人の『教育係』」という決められた枠組が外される時期を経ても、僕と先輩の関係だけは変わりなく続いた。二年目のエンジニアにはちょっと難しいかもしれない案件にも、先輩は『俺がフォローするから』と言って、僕のことを積極的にプロジェクトに引っ張りこんでくれたりするんだ。 (なのに……どこから、ズレていったのかな……)  僕はもう何度も胸の内に繰り返した疑問を、またなぞってしまう。  答えはいつも、「わからない」。  先輩は始めからスキンシップ過多な人だった。僕はそれまで人とそういうコミュニケーションの取り方をしてきたわけじゃないから、不意に触られるのは正直ちょっと苦手だったりもしたんだ。  でも、僕がどんなにぎくしゃくしてしまっても先輩は気に掛けた素振りを見せなかったし、変わらず親しく肩を組んだり、頭を撫でたりしてきたから、僕も二年目を迎える頃にはすっかり慣れてしまってた。  もしかしたら、そのせいだったのかもしれない。  二年目の真冬。  僕は前の週にインフルエンザで欠勤したせいで大幅に遅れたスケジュールを少しでも取り戻すべく、一人での残業を心に決めてた。そうして定時を過ぎてもパソコンを落とさない僕に気付くと、先輩は『手伝うよ』と言ってくれる。ごく自然に。僕の抱える荷物を半分、ふわっと持ち上げてしまうみたいに。 『どうせ瑠姫のことをメシに誘うつもりだったからさ。いっしょに居んのが居酒屋かオフィスかってだけ。どうせどっちでも、瑠姫と居ると俺は楽しいんだよ』  気安い会話をしながら、コンビニごはんを夕飯にしながら。二人で作業を進めてゆくうちに、一つ、一つとフロアの明かりが消えていって、僕たちの頭上に灯る照明だけが最後の光になってた。

ともだちにシェアしよう!