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 明けて月曜日。僕が出勤すると、当然のように会社中が週末のことを知っていた。  先輩の姿はない。急遽、地方支社への出向を命じられ、正式な異動は来月からだが本人はもう向こうで研修に入っている、とだけ朝礼で伝えられた。  経理部長は、療養のための長期休暇を取ったらしい。  残された『当事者』は、僕だけ。朝礼はまるで、針のむしろに立ってるみたいだった。それを終えて自席へ戻る間もなく、僕は部長に呼び出される。自分の部署の部長。挨拶以外で声を交わすのだって初めてだった。  そこで告げられたのは、『退職届の書き方を教えるから、そのようにしなさい』という一言。  一身上の都合で退職……。  どうしてですか、と僕が問うと、部長は感情の見えない声で言う。『君があの二人を誘い、弄んだんだろう』。それは、口さがない噂話とまるきり同じ。本当の事情なんて気に掛けもしない。  ましてや、僕の心なんて──この声が、言葉が、何を言うかなんて、どうでもいい。  二年目の新人。適当に罪をかぶせて黙らせて、切り捨てる。……それだけの存在。  僕はその日の午前中には荷物をまとめて、会社を出た。  世界がどんよりと陰る。頭も上手く回らなくて、もう、何もかもがどうでもよかった。  いきなり会社を辞めて帰って来た息子に、母親が動揺して泣いていることも。何があったのか説明しなさいと、夜、帰宅した父親にたしなめられても。  僕は潜りこんだ布団の中で、一人、「わかってるよ」と「わかんないよ」を繰り返す。母さんを泣かすようなことはするなと言っただろう。わかってるよ。ねえ瑠姫君、ごはんを食べて。何なら食べられるの? わかんないよ。  まるで自分自身が泥にでもなってしまったかのように、何も出来ない。  僕のなにがわるかったんだろう。  瑠姫が悪いわけじゃないだろ……。哀しそうな大輔の声に、僕は曖昧に首を振る。そうなのかな。わかんないよ。  もう、どうすればいいのか。  どうやって、生きればいいのか。 (わかんないよ)  長い、長い、僕の話。  ましてや僕は話し上手ではないから、要領を得ないままだったり、つっかえて途切れて、やり直したり……。そんなふうにのろのろ進んでゆく話を、それでも我慢強く聞くうちに、僕の肩を掴んでいた滝口さんのぜんぶの指からは力が抜けていった。 「……結局、僕が引きこもっていたのは、半年くらいです。冬に会社を辞めて、同じ年の夏ごろ、母親が面接の話を持って来ました。でも本当は、就職するつもりなんてなかったんです」  ただそっと包むように触れる、掌のぬくもり。……それすらもいつの間にかするりと落とされて、気付けばもう、彼は僕には触れていない。 「親にお膳立てをしてもらって、大輔の車で美容院に行って。そうやってみんなの優しさに押されてやっと、久しぶりに、外に出ました。そんなだから、もちろん面接の対策も何もしていなかったし、まさか雇ってもらえるとは思ってなくて……採用の連絡をもらっても、どうせ何ヶ月も勤められないだろうなって、そんなふうに考えてました」

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