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かと言って、目に見えていきなり疎遠になった、というわけじゃない。
滝口さんはそれまでどおり、親身になって僕の相談に乗ってくれてた。でも、僕の話が長くなりそうな時は、「じゃあ、明日のお昼ごはんをいっしょにしようか」って言うようになったんだ。
奢るよ、……その時に聞くよ、って。
いつか大輔が冗談交じりに話してたみたいに、「後輩と仕事の話をするならランチタイム」。
そんな鉄則と同じ。
思えば、自分を振った相手からそうやって距離を取るのなんて、ごく当たり前のこと。
だけど、僕がそれに気付いたのは、滝口さんが篠宮君と付き合い始めた、その実際の姿を見た後だった。
(馬鹿、みたい)
てのひらいっぱいにあった金色の砂。それは少しずつ、少しずつ、でも確実に減っていって。僕はどうにもできないまま、ただ、その変化を見つめてたんだ。
そうして、僕のもとから消え去った金色の時間は、篠宮君に──滝口さんの新しい恋人に、惜しげもなく与えられてしまう。
(これが、恋、だったんだ)
真ん中をざっくりと割られたように、心臓が痛い。いやだ、いやだよ、返してと、呼吸するたびに叫び出しそうになる。どうして。そこは僕の場所だったのに。どうして取るの。きっと絶対、僕の方が、その場所を欲しい。譲りたくない。でも、もう戻れない。
(そうなんだ……)
空っぽのてのひらを握って、僕はそれをぎゅうっと、僕の心臓に押し当てる。
失ってからわかる痛みがすべて、僕の初恋になった。
だから僕は、この恋をちゃんと葬りたいんだ。
もし、八月のあの夜に戻れたら。
僕もあなたが好きですと、応えることが出来たら──。そんな夢物語は今日、本当の夢になってしまったけれど。
(だって、僕が好かれてたわけじゃ、なかったんだ)
あの子は絶対に嘘を吐かないから、なんて。まるごとすっかり理解されて、その上で「可愛い」と想ってもらってた篠宮君とは、ぜんぜん違う。
本当の僕なんて、滝口さんの目には映ってなかった。僕のやたらに派手な女顔。それだけを見て、華やかな『イメージ』を抱いて、……彼が惹かれたのは、そんな『紫藤瑠姫』。
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