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「寂しいならなおさら、元彼の声なんて聞いてもどうしようもないだろ?」  滝口さんは呆れたように突き放してみせているけど、でもその声音は、言葉ほどにはきつくない。ゆったりとリラックスしていて、何より、篠宮君と話すのが楽しそうだった。 『元彼だけど、現友達だから! 友達はオレのおねだり聞くもんだから! 智史さ、車って出せる? オレね、海に行きたい~っ』 「海? 相変わらず梓は、とんでもないこと言い出すな」 『そう! とんでもなくロマンチックだと思うんだよね、海に降る雪! めっっっちゃ見たい!』 「そこまで邪気無く言われると、うっかり俺も元気になるよ。でも海には行きません」 『え~っ』  篠宮君らしいわがままに、滝口さんは穏やかな口調で笑い返す。ぜんぜん、変わらない。二人は、別れる前とおんなじなんだ。  その関係のラベルを貼り替えても、そこで培った絆まで手放すわけじゃない。  それは滝口さんと篠宮君が、ちゃんとお互いを理解し合ってきたからこそ叶うことだった。  ……僕には、出来ない。だってもう笑えない。  もう、笑えないんだ。  ちゃんと覚悟を決めて、気持ちを整えて、やっと笑えるはずだったのに、それが叶わない。震える唇を止めようとしたら、きつく噛むしかなかった。そうしたら、息が止まる。  苦しいよ。  僕は心臓を掴むみたいに胸元を握って、もうどうにもできなくて、その場でただ、頭を下げた。  さよならも、ありがとうも、こんなんじゃ伝わらない。でも、もう。 「あれ、やっぱり。瑠姫く……」 「……っ」  ふいに、滝口さんの声が降ってくる。僕はそのことに驚いて、顔を上げた。……あ、と思ったのと同時、見上げた先の瞳が瞠られる。見られた。見せる、つもりじゃなかった。  隠しようもない、ぐしゃぐしゃの泣き顔。 「瑠姫君っ……」  僕は踵を返して、駆け出す。何度も通ったオフィス。廊下がどこまで延びていて、どこで曲がれば出入り口に辿り着くかは、感覚で覚えてた。暗闇でも迷わない。革靴を引っ掛けるように履いて、扉を開く。  街灯の光差す、雪の世界。  しんと凍りついていて、なにも聞こえない。──耳もとに鳴る、滝口さんの呼吸、以外は。 「瑠姫君、なんで……っ君が、泣くんだ」  なんでって。  だって。  僕は背中からまるごと抱き締められたまま、その腕から逃れようと、がむしゃらに暴れる。それを強い力で抑え込む滝口さんは、同じ問いを繰り返した。 「なんで、君が」 「っ……」  好きです。  滝口さんのことが、好きです。  だからどうしても、何もかもが痛くて、もう耐えられない。僕を逃がして。ぜんぶ真っ白になった、優しい世界へ。  それは確かな死と再生の銀世界。──この恋を、葬るための。

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