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「……っ『こんな顔じゃなければよかった』なんて言うくらい、君を傷付けた人間の中には、俺も含まれてるんだよな。瑠姫君、そうだろう?」 「な、……して」  僕を掴まえないで、ください。  こんなふうに引き止められても、何も変わらない。ただ、痛みが長引くだけ。傷口を丁寧になぞられて、痛みはより鮮明になる。それだけ。 「俺はたしかに、君を誤解してた。ごめん。本当に」 「……て、」 「瑠姫君の話を聞いてから、ずっと考えてた。俺は君のどこに惹かれたんだろう。最初は一目惚れだったよ。それは確かだ。瑠姫君がそのことを厭うなら、俺には謝ることしか出来ない。ごめん」 「はなしてよ……ッ」 「でも、俺と瑠姫君が重ねてきた時間は、そんなものじゃない。俺は君の顔だけを見てたわけじゃないんだよ。ずっと、瑠姫君の言葉を聞いてきた。その心のやわらかさと、脆さと、不器用な頑なさを、見守ってきたんだ。いちばんの、近くで」 「っ」  どうして。  僕の感情はぐちゃぐちゃになっていて、こぼれる涙で視界もぐしゃぐしゃに崩れていて、だから、降る雪が金色に見える。  そんな。  そんなわけ、ないのに。  僕は、僕を引き止めて離さない彼の腕を、両手で掴む。そうでもしないと、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。息が苦しい。綺麗なだけの幻なんて、もう見たくない。これは、こんな現実は、僕のものじゃない。そんなはずが、ないのに。  なのに。 「俺は、君を傷付けた人間を誰一人、許せない」 「!」  耳もとに響くその声には、たしかな怒りの陰が刻まれている。僕へ向けられたものじゃない。  僕を、護るための……。 「だってそうだろ? 瑠姫君はもう、彼らを許してるんだ。誰のことも責めない。お前のせいだ、なんて、瑠姫君の口から一度も聞いたことがない。だったら代わりに、俺が責めるよ。責められるべきなんだ」  もちろん、その筆頭が俺だよ、と、滝口さんが言う。どうして。どうしてそんなこと、言うの。  滝口さんの声はただ優しく微笑むように、僕に触れる。 「瑠姫君が綺麗なのは、その心が、怒りにも憎しみにも染まらないからだ。ずっと一人で戦ってきた君だから、誰の手にも頼らないまま、自分をなげうってでも相手のことを許してしまう。もどかしいくらい大きな優しさを、君は自分を傷付けた相手にも向けられる。──俺はそんなことにも気付けずに、ずっと君を傷付けながら、君の心に甘えてた」  そんなことない。そう伝えたいのに。……声を、言葉を出さなきゃ、何も伝えられない。 「瑠姫君。俺は本当に、君のその強さが愛しいよ。どうして、こんなに心の綺麗な人が居るんだろう」 「……ぼく、はっ……」  縋るままだった指のさきに、なおもぎゅうと力を込める。うん、と頭上から、やわらかな声音が降る。 「うん。瑠姫君」  そのまま続きを話して、と。  なんでも聞くから、いま考えてることを伝えてくれればいいよ、と。滝口さんは、いつもみたいに。  いつでも僕を見つけて、この声を、言葉を、ちゃんと待っていてくれる人。  そんな人、どうやったって責められないよ。 (だって)  滝口さんに伝えたいことなんて、僕にはもうずっと、ずっと、ひとつしかない。 「──滝口さんの、ことが」  好き。  その言葉の形に唇を持ち上げて初めて、恋を告白することは、自分自身への祝福なんだってわかった。  叶っても、叶わなくても。  恋をしましたと、その相手に伝えることは、僕から僕へ贈る、たったひとつの祝福。  ねえ僕は、こんな僕のままで、生まれてきて良かった。  あなたに出逢えたから、ほんとうに、良かったんだ。

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