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第4話

 次々と零れ落ちるため息を呑み込んで、リュシアンはヴェルリエの屋敷の門をくぐった。数名の侍女や執事が出迎えに出てくる。愛馬を使用人の男に預ければ、執事がリュシアンに近づいた。 「お帰りなさいませリュシアン様。旦那様方が晩餐をご一緒にとお待ちでございます」  やはり……。と深々とため息をつきたいのをグッと堪え、吐息を零すのみに留めた。  現役を退き隠居した身とはいえ父は王家に絶対の忠誠を誓っている。近頃リュシアンは仕事仕事で屋敷に戻らなかったので、この機会に王夫婦の様子を聞きたいのだろう。 「わかった。着替えてから参りますと伝えてくれ」  かしこまりました、と礼をして踵を返す執事の背中を見送って、リュシアンも自室に向かう。国の体面があるので仕方がないとはいえ、きらきらしい白に金の隊服を脱ぐにも少々の手間がかかる。流石に面倒だからと隊服を乱雑に扱うわけにもいかないため、ひとつひとつを丁寧に我が身から剥いでいく。そして簡素な部屋義に着替え、重い足取りで晩餐へと向かった。  大きなテーブルが設置されているその室には、父母と兄クレール、弟のナゼルが席についていた。いつものように母の横、リュシアンの為に空けられている席に腰かける。 「遅くなりまして申し訳ございません」  淡々とした言葉だ。しかし長い間ずっとこの調子であるリュシアンを誰も咎めようとはしない。 「離宮までの護衛、ご苦労だったな。陛下と妃殿下はお変わりないか」  すでにその答えは知っているとばかりに、上機嫌に酒を飲む父に、笑みも浮かべずリュシアンはひとつ頷いた。 「ええ。妃殿下もまだ以前ほどとはいきませんがお元気になられたご様子。陛下も謀殺されたご政務から少し離れ妃殿下のお側におられたことで、いつになく心穏やかなご様子でした。ご安心ください」  リュシアンの言葉に重畳重畳と、父は酒を飲む。上機嫌な父をチラと見て、リュシアンは斜め前に座るクレールに視線を向けた。 「兄上、城に残られたルイス大公はお変わりございませんでしたか? ようやく回復されたのですから、ご無理なさっておられないと良いのですが」  リュシアンがアルフレッドに付き従っているように、クレールは幼き日よりアルフレッドの兄であり、病弱ゆえに王位継承権を手放したルイスに仕えている。所属は近衛であるが、その実はルイス専属の護衛。本来はクレールこそが近衛隊長にふさわしいのだが、本人が断固としてルイスの側にいると言い張り、地位はリュシアンよりも低い中将である。そのことがリュシアンとしてはおおいに不満なのであるが、当の本人はまったく気にしていないようである。

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