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第5話

「こちらも問題はない。陛下と妃殿下のお心遣いで筆頭医師のジルア殿を城に留めてくださったし、夫人も常にご様子を気にかけていらっしゃったからご体調を崩されることもなかった」  なによりアルフレッドが休暇前にある程度の執務を終えていたおかげもあり、宰相ジェラルドの尽力もあってルイスは穏やかに王夫婦の留守を護れたようだ。 「それは良うございました。変わりないのが一番です」  今が国の危機であるならば変わらないといけないだろうが、大国オルシアはアルフレッドの代になってますます豊かになっている。アルフレッドもシェリダンもルイスも分をわきまえているのだから、これ以上強いて変わる必要はない。 「でも妃殿下は、もう少し変わる必要があるんじゃないの?」  侮蔑を隠さないナゼルの言葉に室内の空気が凍り付く。だがナゼルはその空気を感じ取っているであろうに、馬鹿にしたような笑みさえ浮かべて言葉をつづけた。 「だってそうでしょう? 男の王妃だというだけでも陛下の御代は危ういというのに、今回は官位も仕事もない実兄夫妻を離れとはいえ城に住まわせ騒ぎを起こしたというではありませんか。王妃としてあまりに軽率極まりない」 「口を慎めナゼル」  カチッと硬質な音を立ててリュシアンがカトラリーを置く。怒るでもなく、淡々とナゼルを諫めたその変わらぬ声音が、怒声よりもより一層彼の怒りを表しているようで恐ろしい。 「お前は妃殿下のことを何もわかっていない。あの方とて人だ。心があり、弱さもある。だが、それの何がいけない。そんなものよりも、妃殿下が我が国と陛下にもたらされた幸の方が何倍も多い。妃殿下のお心を知らぬお前が、憶測だけでモノを言うな」  リュシアンとは違い、騎馬隊に所属しているナゼルは直接シェリダンに会ったことも無ければ、当然その人柄を間近に感じることもない。リュシアンとて知らぬことを責めるわけではないが、知らぬなら知らぬで賢しらにモノを言うものではないだろう。  視界の端で張り詰めた空気にオロオロとする母を見て、仕方なくリュシアンは話を替えるために兄に視線を向けた。 「ところで兄上、今日は義姉上と子供たちは?」  姿が見えませんね、と告げれば、リュシアンの意図を察したクレールも笑みを浮かべて頷く。 「今日は友人の招きで息子たちと一緒に宴に行っているよ。妻の友人だから私が一緒に行っても気を使わせるだけだからね」  貴族は貴族と婚姻を、などと決まっているわけではない。実際リュシアンの母は平民で調香師をしており、商いの関係で父と知り合い結婚した。だが、多くのご子息ご令嬢は屋敷の中で蝶よ花よと大切に大切に育てられる。それでも男ならば仕事などで外に出て女子と出会う機会もあるだろうが、ご令嬢に関しては屋敷に籠り外に出ても宴やお茶会の時ばかりで移動ももっぱら馬車だ。それゆえに娘を持つ貴族は我が子の幸せのために早々に許嫁を決めたり、あるいは年頃になれば仲の良い貴族に縁談を持ちかけるのだ。  ヴェルリエは上級貴族。クレールの妻も例にもれずヴェルリエと親しい貴族のご令嬢だ。彼女には彼女の交友関係がある。今回のお誘いはそちらからなのだろう。

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