7 / 16

第7話

「勘違いしないでリュシアン。私は別に孫の顔が見たいとか、そういう意味であなたに結婚をと言っているわけではないのよ。ただ、私もお父様もいつかはこの世を去る時がくるわ。その時に、あなたに独りでいてほしくないの。誰かの側にいてほしいのよ」  リュシアンの性格からして、両親がいなくなれば早々に家を出てクレールともナゼルとも必要最低限の交流しか持たないだろう。クレールにはすでに家庭があり、そのころにはナゼルも許嫁と結婚している。二人の、なによりその家族に迷惑は掛けまいと振舞うことは目に見えていた。それが母は不安でたまらないのだ。せめてリュシアンが兄弟に甘えられるようであれば、リュシアンの意思を尊重して結婚など無理に勧めたりしない。 「ね? そう頑なにならず、少し考えてみてくれないかしら。明日と明後日はお休みなのでしょう? なら、私と一緒に友人のお茶会に行きましょう。あなたが来ればご令嬢方はとても喜ばれるわ。もしもあなたがあの事をまだ引きずっているなら――」  言いながら母がリュシアンの手を握ろうと腕を伸ばす。しかしそれより早く、リュシアンは立ち上がって母の言葉を遮った。 「いいえ母上。明日も明後日もお供はいたしません。そんな理由ならば尚更です」  話がこれだけならば失礼する、とリュシアンは踵を返す。そんな息子の背中に、父が視線を送った。 「リュシアン、時は流れるものだ。そして人は歳をとる。わしらも、お前も」  静かで威厳ある声だ。流石は上級貴族の当主というべきか。だがその声もリュシアンには効かない。 「存じております父上。しかし、独りで生きてはいけないということもまた、ございますまい。ならば、私は誰かと結婚するよりも独りでいる方が、断然幸せです」  独りでいたいのだ。誰かと関わるなど、一時も気が休まらない。大切なものが、否自分を知る人が増えるだけでも震えが走る。そんなリュシアンが近衛隊長でいられるのはひとえに、それが仕事だからだ。限りがあるからだ。なによりアルフレッドもシェリダンも穏やかで必要以上に煩わしい会話をリュシアンとしようとする性格ではないし、互いが互いの一番で想い合っている。だからこそ冷静を保っていられるのだ。不要なほどに心を煩わされることはない。

ともだちにシェアしよう!