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第9話

 強い睡眠薬はリュシアンに夢を見させることはない。瞼を閉じて一瞬暗闇に浸る。そして次の瞬間に瞼をあげれば、既に朝日が昇っているのだ。少々身体が重怠くなるが、この程度であればリュシアンにとってはどうということはない。  目覚めてすぐにリュシアンはリオンへの手紙をしたためる。本当に幼馴染か? と疑いたくなるほどに堅苦しい丁寧な断りだ。それをカルネスの屋敷に届けるよう執事に渡した。  手早く朝の仕度をして自室で朝食を摂り、読みかけの本だけを手に持って愛馬に跨り屋敷を出た。まだ両親も兄弟も起きていても部屋から出てこないであろう時間。そうでなければ母は無理にでもリュシアンをお茶会に連れていきかねない。頑なな態度をとっているが、それでもリュシアンは両親には弱いのだ。だから、逃げるに限る。  愛馬を駆けさせて、泉のある静かな場所に向かう。ほどほどに木々もあって、人気のない、リュシアンのお気に入りの場所だ。  愛馬はとても賢い。リュシアンがひらりと下馬して樹の幹にもたれるように座れば、愛馬はゆっくりと泉の方へ向かい水を飲み始めた。そしてリュシアンが動くまで愛馬も適当に自分で時間を潰してくれる。  風が流れ木々の葉が騒めく音だけが存在する、静かな静かな空間。その澄んだ空気にドップリと浸かって、リュシアンは本を開いた。文字の羅列に視線を落とす。職務で謀殺されている時と同じくらい、この時間がリュシアンに安らぎをもたらしてくれた。  愛馬と自分しかいない、静かで穏やかなこの時の流れに、リュシアンは半ばほどまで読んだ本をそのままに瞼を閉じた。ふわりと風が頬を撫で、長い髪を遊ばせる。  静かだ――。誰もいない。  リュシアンが仕えるべき君主の一人である王妃シェリダンは静寂を好めど独りであることは望まない。どちらかといえば人の側にいたいという方だ。だがリュシアンは違う。リュシアンは静寂を好み、そして人との関りを絶ちたいと願う。  人は――権力が絡む城の中であれば尚更に――偽りを見せるものだ。平気でその口から偽りを紡ぐ。笑顔とお世辞に隠された本心のどす黒さが、笑顔で紡がれる優しい偽りが、リュシアンは嫌いだった。顔色ひとつ変えず嘘をつく人間が、何より恐ろしかった。それがどんな理由であれ。

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