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第10話
人々の喧噪がまったく聞こえないこの場所でならば、リュシアンは安堵の息をつくことができる。心地よい身体の重怠さに身を任してしまいたいが、軍人ゆえに優れた耳は遠くに響く馬蹄の音を感じ取っていた。馬を走らせているわけではない、ゆっくりとしたその足音。それが真っすぐにリュシアンの方へと向かってくる。嫌な予感がした。
「寝てるの?」
柔らかな声が落ちてくる。眠ってなどいないとわかっているくせに、そうやって問いかけてくる声が煩わしくて仕方がない。
「なぜここに? 晩餐の誘いは断ったはずだ」
瞼を上げることなく冷たい声音でリュシアンは言う。瞼が開かれずともリュシアンが睨みつけているとわかっているだろうに、彼はクツクツと楽しそうに笑った。
「たまたま俺も休みだったからね」
答えになっていない、と言いたいところだが、言ったところでのらりくらりとこの調子で躱されるのはわかりきっているため、リュシアンはため息一つを零すにとどめる。そんなリュシアンの側に、馬から降りたリオンは腰かけた。ほんのわずかに肩が触れる程度の、その距離。それが定位置だ。
「去れ。お前が休暇だろうとそうでなかろうと私には関係ない」
にべもない。しかし常にこの状態であるリュシアンに一歩も引かないのがリオンという男だ。
「いいじゃないか。邪魔はしない。ほんの少しここに居させてほしいだけだ」
嘘だ。そんな言葉を簡単に信じるほどリュシアンはお人よしでなければ愚鈍でもない。嫌に胸がざわつく。
否、これは嘘ではない。リオンは嘘をついているわけではない。本心をぼかした言い方をしただけだ。
嘘じゃ、ない。だが――煩わしい。
「もういい。リオンが去らないのならば私が離れる」
せっかく、心地よい空間に浸っていられたのに。そう思うことにわずかな罪悪感を覚えるのは、リオンの考えることがわかっているから。でもどうしても煩わしくて、リュシアンは本を片手に立ち上がった。その姿を、リオンは座ったまま見つめている。ジッと、射貫くような、それでいて柔らかい茶の瞳。
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