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第4話
『尻を叩いてもらうなんて贅沢だ。
君の存在なんて踏まれるだけでも有り難いと思わなくては』
はい…
その通りです…
僕ごときがジャックの手を煩わせるなんて…
『ほら、どうだい?
もう涎を垂らして…。
我慢の利かない、いやらしいペニスだね。
持ち主と同じだ』
ああ…
冷たい靴底が気持ち良くて…
僕は我慢の利かない、いやらしい人間です…
『私が踏みつけてやるから、イきなさい。
精巣がカラになるまで』
はい…
ああ、でも触りたい…
『だめだ。
君は私の言う通りにすればいい』
『君に金の十字架は必要ない』
「…!痛いっ…!」
ウィルがガバッと起き上がると、そこは自宅のベッドで、一匹の犬が心配そうにウィルの横に座っていた。
ウィルが犬を抱き寄せ頭を撫でる。
「心配ないよ、ウィンストン。
悪い夢を見ただけだ」
ウィンストンは納得したようにクゥーンと一声鳴くと、ウィルの手を逃れ、暖炉の前の犬達の元に戻って行った。
ウィルは顔をひと撫ですると、レクター博士の家から帰って来た記憶を手繰り寄せる。
カウンセリングが終わった後、ウィルはジャックの車でクワンティコに戻った。
ジャックは車の中で、カウンセリングの終了時刻を30分過ぎてもウィルがレクター博士の家から出て来なかったので、押しかけたんだと笑った。
それからジャックはやり残しの仕事があると言って、夕食を近くのレストランで用意させているから受け取ってから帰れと言った。
そして軽く唇を重ね、明日の朝ウィルの家に行くからと満面の笑顔で言った。
ウィルは気分良くジャックと別れ、クワンティコの駐車場から自分の車に乗り、ジャックの指示通りレストランに寄って夕食を受け取ってから帰宅した。
家に帰ると犬達に食事と水を用意し、自分も食事を済ませると、バスに湯を貯めてゆっくり風呂に入った。
それから?
犬達の為に玄関のドアを開けた。
犬達が一斉に外に走って行くのを見るのは気分が良い…
それから?
ウィルの視線がベッドで止まる。
そしてかあっと顔から首にかけて真っ赤になる。
僕は…自慰をした…
帰って来て直ぐに
別に『したかった』からじゃない
『確かめたかった』からだ
そして
殆ど水みたいなものしか出なくて…達した…
ウィルが膝から崩れ落ちる。
さっきまで見ていた悪夢…
なんだったっけ…?
忘れてしまった…
きっとあれが、レクター博士のセラピールームで感じた『圧倒的な違和感』の手掛かりなのに…!
あれ程、渇望していた癖に忘れるなんて…!
この役立たず!
ウィルが床に頭を打ち付ける。
犬達が揃ってウィルの周りにやって来る。
ウィルがハッとして頭を上げる。
そして犬達を抱き寄せ「驚かせてごめん…」と謝る。
涙をポロポロと零しながら。
ウィルの額からツーッと一筋の血が流れて落ちた。
その時。
ノックの音がした。
月曜日。
クワンティコのウィルのオフィスのデスクに置かれた色とりどりの花束。
カードには『週末は済まなかった。J』とだけ書かれてある。
ウィルは花束は持って帰ろうと思い、それまでの応急措置としてバケツに差しておこうと考え、近くのデスクの同僚の女性に「バケツはどこかな?」と訊いた。
女性は心底驚いた顔をして、「グレアム博士、まさか花束をバケツに飾るんですか!?」と言った。
ウィルが「違う、違う!家に持って帰ろうと思って!それまでに水をやらなきゃいけないから!」と即座に否定すると、その女性はクスッと笑った。
「すみません、早とちりでしたね。
でもデスクに飾る方が宜しいかと」
「なぜ?」
「オフィスに送られたのなら、プレゼントして下さった方はオフィスに飾って欲しいんじゃないでしょうか?
ご自宅に飾って欲しければそちらに送ります」
「…そうかな?」
「ええ。
もしかしたら見にくるかも!
良かったらこの花瓶、使って下さい」
女性がデスクの引き出しから、ガラス製の花瓶を取り出す。
ウィルは「ありがとう」と言うと花瓶を受け取った。
ウィルはクワンティコの中庭のベンチで一人、キッチンカーで買ったサンドイッチとコーヒーで昼食を取りながら、ジャックからの花束をデスクに飾ったのは大失敗だったと悟っていた。
あの花を見る度に思い出す。
台無しだった週末を。
ウィルの家の玄関のドアをノックしたのはレクター博士だったからだ。
レクター博士は、ジャックは土曜日の未明に急遽ワシントンのシアトル支局に出張になり、ウィルが電話に出ないのでレクター博士に様子を見に行ってくれるよう頼んだと言った。
それと週末を一緒に過ごせないという伝言も。
ウィルはスマホを掴んで我が目を疑った。
電池が切れていたのだ。
レクター博士はにこやかに「その様子だと朝食はまだだね。でもその前に額の手当をしよう」と言った。
こう出られては追い返せない。
ウィルは仕方無く「どうぞ」と言ってレクター博士を招き入れた。
レクター博士はウィルの準備が出来ると、「口に合えばいいが」と言って保温用の密封容器を取り出した。
中身はスクランブルエッグにソーセージや野菜が混ざっていて、ウィルの食欲を刺激した。
レクター博士は徹底主義者らしく、飲み物もステンレスボトルで持参していた。
ウィルにはマグカップに注いでくれたが、レクター博士はステンレスボトルに付属されている容器でお茶を飲んでいる。
レクター博士の料理は絶品だった。
お茶もウィルには初めての味だがとても美味だった。
ウィルは残らず食べた。
そんなウィルをレクター博士は嬉しそうに見ながら、食事を楽しんでいた。
それにレクター博士は犬達の食事も用意してくれていた。
ウィルは「ありがとうございます」と感動した面持ちで受け取り、犬達に配った。
犬達も満足そうに食べている。
そしてウィルは食後のコーヒーを飲み、レクター博士は持参したお茶を飲む。
「ウィル。
食事が口に合って嬉しいよ」
レクター博士が微笑む。
ウィルも微笑んで、「あんなに美味しい手料理を頂けてこちらこそ嬉しいです」と答える。
そしてウィルは気を失った。
レクター博士は治療道具を用意する。
と言っても、ウィルが目覚めた時の『演出』に過ぎない。
ウィルがレクター博士の朝食を褒めた後、レクター博士はウィルに素早く呼吸器を装着した。
呼吸器は鼻と口を完全に覆うタイプの物で、繋がるボンベの中身はLSDとロヒプノールだ。
レクター博士が『今のウィル』の為に特別に『調合』した物だ。
レクター博士は食事の終わった犬達に、「さあ、思う存分遊んでおいで」とやさしく言って玄関のドアを開ける。
犬達が一斉にドアから出て行く。
レクター博士はドアの鍵を閉めると、ウィルの家のカーテンを全て閉める。
そうしてベッドサイドのランプだけを点ける。
それからウィルの後ろに周り、「私の声に従えるね?」と囁く。
ウィルは白目を剥き、呼吸器を着けたままカクカクと頷く。
レクター博士は時計を見て、それから1分経つと呼吸器を外した。
だらんと椅子に座り、ぼんやりした瞳でレクター博士を見上げるウィルにレクター博士がやさしく言う。
「ウィル、裸になって尻を高く上げなさい」
そうして午前中、レクター博士は思う存分『楽しんだ』。
ウィルはレクター博士が敷いた低反発のマットの上に四つん這いになっている。
そしてウィルはレクター博士に無防備に晒した尻を革靴で軽く踏まれる度に、雄を勃たせ、白濁を散らす。
途中でウィルは「触りたい」などと涙を零して訴えてくるが、レクター博士が尻を踏む足に力を込めれば、結局は達する。
そして昼になり、ウィルは薄い液体のような物しか吐き出さなくなった。
レクター博士はウィルに椅子に座れと命じ、持参した昼食を食べさせた。
勿論、レクター博士も食べた。
午後にはレクター博士はもっと『楽しんだ』。
ウィルの尻を踏み、雄を勃たせると、これも持参した赤い革の紐で雄を縛り上げたのだ。
どうせウィルの精液は、もうほぼ出ないだろうから、レクター博士はもっと『楽しむ』ことにしたのだ。
ウィルはレクター博士に尻を踏まれたら、達しなければならないと『学習』した。
ならばドライでイカセ続けたらどうなるだろう?
レクター博士の読みは当たった。
ウィルは放出出来ない方が、より強く快感を得て、放出出来ないことに『飢えて』いる。
ウィルが緑色の大きな丸みがかったアーモンドアイからポロポロと涙を零し、尻を上げたまま必死に後を向いてレクター博士に懇願する。
「博士…イきたい…紐を外して…」
レクター博士がやさしく答える。
「紐を外したって同じだよ、ウィル。
もう君は空っぽだ。
何も出ない」
「出ます…出ますから…お願い…」
レクター博士が微笑んでウィルの尻をぐっと踏む。
「アアッ…やあ…っ…イくぅ…ッ…!」
ウィルの全身がブルブルと大きく震える。
ウィルが「許して…もう…許して…」と身体を丸めて泣き出す。
レクター博士がそんなウィルに厳しく言い放つ。
「ウィル。
誰が横になって良いと言った?
尻を上げた姿勢に戻りなさい」
ウィルがヒクヒクと泣きながら、姿勢を戻す。
「ウィルは良い子だな。
良い子にはご褒美をあげなくては」
「…ご、ご褒美…?」
「そうだ。
喉が乾いただろう?
上手に水を飲めれば紐を外してあげよう。
出来るかな?」
「で、出来ます…!」
レクター博士が微笑み、バッグからステンレス製の犬用の皿を取り出し、持参したミネラルウォーターを注いでウィルの顔の前に置く。
ウィルがなんの躊躇いも見せず、ペロペロと水を舐める。
「美味しいかい?」
「おいしぃ…もっと…のんで、いいですか…?」
「良いよ。
好きなだけ飲みなさい」
ピチャピチャと音を立てて水を舐めるウィル。
レクター博士がウィルの後ろに回る。
ウィルの白桃のような尻が小刻みに震えている。
レクター博士が尻を踏む。
ウィルが仰け反る。
「アーッ…!みずっ…イく…みずがっ…やあああ…ッ!」
「水を飲まなければ紐は外さないぞ」
「でも…アアッ…だめぇーーーッ…!」
ウィルが身体を仰け反りブルブルと全身を震わせ、突然スイッチが切れたように力が抜ける。
レクター博士がウィルの身体をさっと支える。
ウィルは譫言のように「みず…みず…」と呟いている。
ウィルの開かれた足の間の雄は、赤い革紐に縛られながらも濡れてピクピクと痙攣していた。
レクター博士は満足そうに微笑むとウィルをそのまま抱き上げ、そっとベッドに横たえた。
ウィルの雄から革紐を手早くかつ丁寧に取ってやる。
鈴口からじわりと水のような濁った液体が滲み出る。
ウィルの甘い吐息。
レクター博士は玄関向かう。
犬達の為にドアを開いてやる為に。
ウィルがクワンティコの中庭で昼食を終え、午後の講義を始めている頃、レクター博士はべデリア・デュ・モーリア博士のセラピールームに居た。
「金曜日のカウンセリングでの呼吸器での実験に成功して、あなたは土曜日を存分に楽しんだ。
日曜日は?」
デュ・モーリア博士が美しく巻いた自分のブロンドの髪をかき上げながら言う。
レクター博士が微笑んで答える。
「決まっている。
もっと楽しんだよ。
日曜日も午前中はウィルを空っぽにして、午後は縛って泣かせ、水を与えてやった。
そして夕食も振る舞った」
「犬用の皿で?」
「勿論。
ウィルは四つん這いで、健気にも尻を上げたまま一口大に切ったステーキを食べてくれた。
残さずにね」
「ウィルは週末をどう過ごしたと思っているの?」
「おせっかいな精神科医が食事を持って押し掛けてきて、ウィルは私を無視して自分のやりたいことをしたと思っている。
犬達と少し遠くまで散歩をしたり、普段おろそかになっている犬達の世話をしたり、講義の準備や下調べをしたり、とかね。
私は…そうだね。
絵を描いたり本を読んだり…私もウィルの家で図々しくも自分のやりたいことをしたと思っている。
それにウィルは体調が悪いので私が診療したとも思っている。
ただ私が夕食が終わると帰り、翌朝に訪ねて行ったのは真実だが。
料理を作らなくてはならないからね」
「ロヒプノールは中枢神経を抑制する薬だわ。
そして副作用で記憶喪失を起こす。
あなたは帰宅した真実だけを残し、あなたがウィルに行った『行為』とウィルが自分で行った『行為』を記憶から消して、LSDで混乱させ、新たな記憶を植え付けた。
なぜ?」
レクター博士がゆっくりと瞬きをする。
そして嬉しさを隠せないように微笑む。
「なぜ、と君は訊いてくれる。
話を聞いてくれてありがとう」
「私はあなたのセラピストですもの」
「では答えよう。
私はウィル・グレアムが欲しい。
パーティ初めて生身のウィルに出逢って決めた。
彼を絶対に手に入れると。
脳の奥底から身体の生理現象も何もかも手に入れると決めたんだ」
「それから?」
レクター博士がフフッと笑う。
冬の夜空の星のように冷たく瞳を輝かせて。
「食べるかどうかはまだ決めていないよ。
但し、彼の全てを手に入れることは決めている」
「また週末に?」
「デュ・モーリア博士。
明日は火曜日だ。
ウィルの次カウンセリングは火曜日だと言わなかったかな?
週末まで待てないね」
そう言うとレクター博士は立ち上がった。
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