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第5話
ウィルはアカデミーで講義が終わった後、花束の写真をスマホで撮って、『ありがとうございます』の言葉と共にジャックにメッセージを送った。
ジャックからはその時には何の返信も無かったが、夜中の午前1時過ぎに電話があった。
ジャックは疲れ切った声で、『遅くにすまない。だがこの時間を逃したら、犯人を逮捕するか、犯人が犯行を止めるかしなけりゃ、お前の声が聞けないと思ってな』と言った。
「ワシントンはそんなに酷いんですか?」
『まあな。
犯人に振り回されてるよ。
マスコミは抑えてあるが、嗅ぎつけるのも時間の問題だろう』
「…僕もそちらに行きましょうか?」
ジャックがハハッと笑う。
『そんなことを言わせる為に電話したんじゃない。
犯人の身元は割れてるし。
それより花をデスクに飾ったんだな。
見る度に俺を思い出すか?』
「…ええ」
ウィルの沈んだ声にジャックが焦る。
『ウィル?
冗談だ。
どうした?』
「…あなたに…会いたい…」
ウィルの瞳から涙が一粒落ちる。
『具合が悪いのか?
週末はレクター博士が一緒だったんだろう?』
「あんな人、どうでもいい…!」
『ウィル…』
「あの人は単なる医者だ。
僕はあなたに会いたい。
あなたじゃなきゃ駄目なんだ!」
ウィルの白い頬を次々と涙が零れ落ちる。
「…寂しい…寂しい…ジャック…」
『ウィル、すまん。
当分帰れないんだ。
頼むから泣くな』
ウィルがハッとして涙を拭う。
「僕こそすみません…。
我儘言ったりして。
あなたの仕事を一番理解しなくちゃいけないのに…」
『いいさ。
お前が我儘を言えるのは俺だけだなんて特別だろう?
嬉しいよ。
愛してるよ、ウィル』
「僕も…愛してます…ジャック…」
『それとな』
「はい」
『レクター博士は天才だし独特の人物だ。
そこがお前と被っていて気に触るのかもしれないが、レクター博士はアメリカで五本の指に入る精神科医だ。
もっと信頼して良い。
レクター博士は医者で無くても、十分に魅力的な善人だしな。
まずは自分を安定させられる人だと思って、少しは心を開け。
ほんの少しで良いから』
「…ほんの少しなら開きましたよ。
あの人の手作りの料理も食べたし」
『そうか!
それは羨ましい!
彼の料理は絶品だろう?』
「でもあなたのトマトソースのチキンには負ける」
『ウィル…。
かわいい俺のウィル。
また連絡するから。
カウンセリングをすっぽかす様な真似はするなよ?
レクター博士が認めてくれれば現場に出られる。
また一緒に働けるんだ』
「…そうですね。
帰って来たら一番に電話をくれますか?」
『ああ、勿論だ!
約束するよ。
遅くにすまなかったな。
もう寝よう。
おやすみ、ウィル』
「おやすみなさい、ジャック」
ウィルはスマホをベッドサイドに戻すと、引き出しから金色の十字架を取り出しそっとキスをする。
その時、世界が歪んだ。
見慣れた部屋が、犬達が、ぐにゃぐにゃと歪んで見える。
そして割れそうに痛む頭に響くのは。
『君に金の十字架は必要ない』という誰かの声。
禍々しく響く声は、何重にもフィルターが掛かったようで、誰の声だか分からない。
ウィルは十字架を胸に抱きベッドに転がったが、その声は止まない。
『君に金の十字架は必要ない』
『君に金の十字架は必要ない』
『君に金の十字架は必要ない』
ウィルはベッドの上を這うように動き、何とか引き出しに手を伸ばす。
だが金の十字架を仕舞おうとして引き出しの中に手を付いてしまい、引き出しごとベッドから落ちる。
舞う、金の十字架。
そして目の前に落ちてきた、赤い紐。
ウィルは「…ヒィッ…」と小さく悲鳴を上げると、目の前が真っ暗になり、意識が遠のいて行った。
白い…天井…
ここは…
僕の家じゃない…!
ウィルは起き上がろうとしたが、胸をぐっと押されて「まだ起きては駄目だ。点滴中だよ」と言われ、声の主を見た。
そこにはレクター博士が椅子に座って居て、レクター博士は読みかけらしい医学書をパタンと閉じた。
「ここは…どこ、ですか…?」
レクター博士がやさしく話し出す。
「ここは私の家だよ。
君は今日、無断欠勤をした。
それでアカデミーの学部長がジャックに連絡を取り、ジャックが君の家に電話を掛けたが応答が無くて、私に様子を見に行ってやって欲しいと連絡してきた。
それで君の家に行った。
窓越しに見た君はベッドから落ちた様だったが、ベッドサイドの引き出しやランプも倒れていた。
だが玄関のドアに鍵が掛かっていて入れなかった」
「…それで?」
「裏口に回ったら鍵が掛かっていなかった。
幸運にも」
ウィルが薄く笑う。
「…幸運にも…」
「そうだ。
私の所見では君は失神しているだけだった。
だが瞼の裏では眼球が動き続けていたし、身体も硬直し痙攣させていた。
譫言も時々。
だから私の家に連れ帰った。
今は軽い精神安定剤を点滴している」
「譫言…?
僕は何か言った…?」
レクター博士が微笑む。
「『紐』と繰り返していたよ。
何のことかな?」
ウィルの目の前に『赤い紐』が浮かび、消える。
「…ヒィッ…!」
両手で口を抑えようとするウィルの左腕をレクター博士が掴む。
「ウィル、点滴中だと言っただろう?
どうした?
紐が何だ?」
ウィルがガタガタと震え出す。
「…ジャック…ジャックと昨夜電話をした…寂しくて…金の十字架にキスをした…そうしたら世界がぐにゃぐにゃになって…金の十字架を仕舞おうとして失敗して…引き出しが崩れて…そうしたら…!」
ウィルが涙をポロポロと流しながらレクター博士を見上げる。
「紐が…引き出しから出て来た…んだと思う…その紐が…赤かった…!
いつもは黒を使ってるのに…!
…赤くて…。
怖い…!
ジャック!
ジャックに会いたい!
ジャックを呼んで下さい…!」
絶叫するウィルに、レクター博士のやさしい語り口は変わらない。
「落ち着くんだ、ウィル。
ジャックはシアトルだ。
分かっているだろう?
彼は今、ヴァージニアには戻れない。
大事な仕事を抱えているのだから」
「でもっ…でもっ…」
ウィルが顔をぐしゃぐしゃにして泣く。
レクター博士がウィルの左腕を掴んだまま、泣き続けるウィルに今度は冷静に語りかける。
「今朝だって彼は本当は電話を出来る様な状況下じゃ無かった。
それなのに君の為に貴重な時間を割いたんだ。
君が迷惑を掛けるから」
ウィルの目が見開かれ、涙がピタッと止まる。
「僕が…ジャックに…迷惑を掛けた…」
「そうだ。
たかが紐で」
そうしてウィルの鼻と口は呼吸器で塞がれた。
レクター博士が優雅な仕草でジャケットの内ポケットから赤い紐を取り出す。
そして赤い紐で、床の白い低反発マットに仰向けで横になっている全裸のウィルの顔を撫で回す。
ウィルが真っ青になりガタガタと震え出す。
「ウィル…ショックだったんだね。
君は黒い紐より赤い紐の方が気持ち良いと心底理解した。
だからパニックを起こした。
ほら」
レクター博士がウィルの唇に赤い紐を滑らすと、ウィルが舌を出し、赤い紐をチロチロと舐める。
「良い子だ。
欲しいのかい?」
「…欲しい…縛って…」
「だが君は我儘だ。
テストさせて欲しい。
私の言うことを『きちんと』聞けるのか。
私の言うことを『きちんと』聞ければ、踏んでもやるし、縛ってもやる」
レクター博士は冷たくそう言うと、ウィルの手を取りペニスに触らせた。
「管が入っているのが分かるね?
君が痛くないように麻酔をして挿管しておいてあげた。
管はパックに繋がっていて排尿したら直ぐに分かる。
30分間、排尿を我慢出来たら、君の好きなことを好きなだけしてやろう」
「…30分…?
それだけ?」
「それだけだ。
出来るね?」
「はい」
ウィルが微笑んで答えると、レクター博士も微笑んだ。
そしてウィルの下腹をぐっと踏み付けた。
「…アアッ…な、なんで…」
グリグリとウィルの下腹を踏み付けながら、レクター博士が「『なんで』とは?」と冷静に訊く。
「だ、だって…すごく…し、したいから…」
「我慢すると約束しただろう?」
「で、できない…ッ…」
ウィルが瞳を滲ませる。
レクター博士が容赦無く下腹を踏む足に力を込める。
「でるっ…アアッ…やめて…ッ…!」
レクター博士の足をウィルが掴もうとした時、レクター博士が下腹を踏む足に体重を掛けた。
それはほんの少しの重みだったが、ガスを吸わされた後、利尿剤を飲まされたウィルには十分だった。
管の中を尿が通って行き、パックに溜まりだす。
ウィルは余りの恥ずかしさに顔を両手で覆って唇を噛んで泣いた。
顔から耳まで真っ赤にして泣いているウィルを尻目に、レクター博士は全て『排出』されたと確認すると、テキパキと管を抜いて後始末をしていく。
ウィルは管がペニスの中を通り抜ける違和感に身を捩りそうになるのを必死で我慢する。
すると突然平手でペニスを叩かれた。
ウィルは余りに驚いてして泣くのも忘れ、顔から両手を外し、レクター博士を見た。
レクター博士は蔑んた表情を隠そうともせず、バシン、バシンとウィルのペニスを打ち続ける。
ウィルの瞳からまた涙が溢れる。
「…博士…お願い、します…ぶたないで…痛い…」
「嘘つきでだらしない子には躾が必要だ。
君もそう思うだろう?」
そしてより一層強い勢いでバシンと叩かれる。
「…ごめんなさい…ごめ…痛い…痛い…レクター博士…」
「痛いだけかな?
今度こそ正直に言ってくれないと、もう二度と君を気持ち良くしてやれないよ?」
ウィルはヒクッと息を吸って吐くと震える声で言った。
「…痛い…けど…気持ち良い…です…」
「君は嘘つきでだらしなくてペニスを叩かれて気持ち良くなる変態だ。
そうだね?」
レクター博士がウィルの緩く勃ち上がった雄を指先でツーッと触れる。
ウィルは腰を揺らし、「僕は嘘つきでだらしなくてペニスを叩かれて気持ち良くなる変態です」とうっとりと言う。
レクター博士がすっと立ち上がる。
「君を許すよ、ウィル。
もう約束を破らないと誓えるのなら」
レクター博士の柔らかな笑み。
ウィルは嬉しさで胸が一杯になる。
「誓います、レクター博士」
「では私の靴に誓いの証のキスをして。
君の尻を踏んでやる靴だ。
出来るね?」
「はい」
ウィルの何の迷いも無く、レクター博士の足元にうつ伏せになると、レクター博士の靴先にキスをした。
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