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第7話

ウィルとアラーナはFBI本部が見えるテラス席で落ち合った。 このレストランの客は、殆どがFBIに関わる人々だ。 ウィルは水で、アラーナは白ワインで乾杯した。 アラーナは白ワインを一口飲むと、笑顔で言った。 「顔色が良くて安心したわ。 あなたもワイン一杯くらい飲めば良いのに」 「僕は午後から講義があるから」 アラーナが小さくウィンクする。 「私だって午後から診療があるわ」 「君なら大丈夫だろうけど。 僕は…カウンセリングを受けている身分だからさ」 「ウィル…。 レクター博士ならあなたを絶対に支えてくれるわ。 私の見積もりでは…そうね。 半年もしない内に捜査に戻れると思う!」 ウィルが水を一口飲む。 「君はレクター博士を信頼してるんだね」 「あなたはそうじゃないの?」 「…良い精神科医だと思うよ。 親切だし。 でも興味無い」 アラーナがうふふと笑う。 「最初はそれくらいで良いのよ、精神科の患者と医者なんて! 患者が私に興味津々だったら、私は逃げるわ!」 ウィルも笑って「そうだね」と言った時だった。 二人のスマホが同時に鳴った。 二人は目配せを交わすとそれぞれの電話に出る。 ウィルの電話の相手はアカデミーの本部長からだった。 至急にアカデミーに戻って、本部長のオフィスに来るようにという内容だ。 ウィルは「分かりました」と答えると電話を切った。 ウィルがふとアラーナを見ると、アラーナもウィルを見ていた。 目を見開き、青ざめて。 「…ええ。 ええ、勿論そうします。 では飛行場で」 アラーナはそう言うと、ウィルから目を逸らし、「私、もう行かなきゃ。急な仕事が入ったの。ごめんなさい」と言って立ち上がると伝票とバッグを掴み、あっと言う間にウィルの前から去って行った。 ウィルが声をかける間も『与えず』に。 ウィルは数秒呆気に取られ、それから今は兎に角学部長のオフィスに行こうと席を立った。 学部長はウィルを見ると椅子を勧めるでも無く、自分も立ったまま話しだした。 「これからワシントン州のシアトル支局に行って欲しい。 行動科学課が副長官から君を捜査に加える許可を取った。 飛行機は30分後に出発する。 飛行場に向かってくれ。 FBIのジェット機が待機している。 5分後に正面玄関に行け。 君を飛行場まで送る車が待っている」 「あの…」 「詳細はブルーム博士が機内で話す! 行きなさい! 一刻も無駄にできん!」 「分かりました」 ウィルはそう答えると、学部長のオフィスから飛び出して行った。 ウィルはジェット機に乗ると我が目を疑った。 レクター博士が乗って居たのだ。 ウィルが立ち尽くしていると、レクター博士の前に座っていたアラーナが立ち上がり、ウィルの元にやって来た。 アラーナは微笑んでいるが、緊張感がウィルに伝わってくる。 「ウィル、取り敢えず座って」 「…なぜ…あの人が居るんだ…」 「全部説明するわ。 今、分かっている事は。 だから座って」 ウィルが近くの席にストンと座る。 するとアラーナが出入り口付近に立っていたFBIの職員に、「いいわ」と言った。 そした飛行場は飛び立った。 アラーナはウィルの前に座ると、穏やかに話し出す。 しかし緊張感がひしひしとウィルに伝わってくる。 「ウィル、落ち着いて聞いてね。 実は今朝、レクター博士の患者の一人から不穏な電話があったの。 その患者は、今ジャック達が追っている事件の犯人らしいことを仄めかし、ジャックを襲うつもりだとレクター博士に言った。 レクター博士には患者に対して守秘義務があるけれど、これはFBI特別捜査官の殺人事件になるかもしれないと、レクター博士は迷わずジャックに連絡して報告した」 「だけどそいつは『襲う』と言ったんだろう? なぜ『殺人』なんだ?」 「それは相手が『週末の爆弾魔』のマイク・ジャコビーだからよ」 「マイク・ジャコビーがレクター博士の患者だったのか!?」 アラーナが首を横に振る。 「偽名を使っていたらしいわ。 偽のIDも用意していた。 レクター博士にはジェフリー・トランスと名乗っていたの」 「それで!? ジャックは!?」 アラーナがウィルの腕を掴む。 「話は最後まで良く聞いてちょうだい。 マイク・ジャコビーは先週の土曜日の夜中の0時丁度に、シアトルの地元新聞社に公衆電話から電話を掛けた。 『爆弾を仕掛けた。これから12時間ごとに9個爆発する。』と。 それで新聞社は警察に通報して、警察からFBIのシアトル支局に連絡が来て、シアトル支局からジャック達に要請が来たの。 それでジャック達は土曜日の午前2時にFBI専用機でシアトルに向かった。 それで捜査開始から5時間で最初の爆弾を図書館で見付けて回収し、爆弾の構造と手口から犯人は『週末の爆弾魔』ことマイク・ジャコビーだと断定された。 あなたも知っているでしょうけど、ジャコビーは5年前から3年間の間、アメリカ中の州を渡り歩いて、週末に予め仕掛けた時限爆弾を爆発させていた。 地元の新聞社に公衆電話から予告電話を掛けて、12時間ごとにね。 狙うのはいつも公共施設や遊園地や水族館。 個人攻撃はしない。 だけど予告電話がある度に、その土地はパニックを起こしていたわ。 それが2年前突然犯行が終わって、この2年間、何も行動を起こさなかった。 そして先週の土曜日、再開されたの。 ジャック達は月曜日の23時までに7つの爆弾を爆発させる事無く回収した。 そして今朝、つまり火曜日の朝、ジャコビーはジェフリー・トランスとして公衆電話からレクター博士に犯行を仄めかす電話をし、ジャックを名指しして襲うと言ったの」 「ちょっと待ってくれ!」 ウィルがアラーナの目を真っ直ぐ見て言う。 「マイク・ジャコビーは確かに公衆電話から地元の新聞社に犯罪予告の電話をして、12時間ごとに時限爆弾を爆発させていた。 だけど週末だけだ。 つまり爆弾は4つしか爆発させていない。 なぜ犯行を再開して突然爆弾が9個になるんだ? 12時間ごとなら最後の爆弾は明日の昼、水曜日の午後12時だ。 これじゃあ『週末の爆弾魔』じゃない。 ヤツはマスコミが名付けた『週末の爆弾魔』という呼び名を気に入っていた。 最後の一年間は新聞社に電話を掛ける度に『週末の爆弾魔』だと名乗っていたくらいだ。 それに4個からなぜ9個なんだ? こういう強迫観念を持つ人間は『自分にとって』切りの良い数字を選ぶ。 9は3の倍数であり割り切れるので選ばれがちだが、ジャコビーは選ばない。 何故なら4個もおかしいが、ジャコビーが週末に12時間ごとに爆弾を爆発させることを優先していたのなら納得出来る。 だが、もう『週末の爆弾魔』を名乗るつもりか無いなら、10個爆弾を用意するだろう。 それになぜジャックが標的になるんだ? 君の言った通り、ヤツは個人攻撃は行わない。 もはや『マイク・ジャコビー』ですら無いじゃないか!」 アラーナもウィルの目を真っ直ぐ見て答える。 「いいえ、彼はマイク・ジャコビーよ。 彼は今朝、ジャック達に用意されたシアトル支局の捜査用のバンを爆破した。 でもレクター博士の連絡のお陰で、そのバンは囮だったの。 そうしたらマイク・ジャコビーが駐車場に現れて、ジャックに向かって発砲した。 そしてマイク・ジャコビーは射殺され、指紋が一致したの。 今、DNAも鑑定中よ」 ウィルが立ち上がる。 「ジャックが撃たれた!? 無事なのか!?」 「ええ、弾丸が肩を掠めただけ。 もう残りの爆弾を回収する為に、捜査に出ているわ。 ウィル、お願い座って」 ウィルが崩れ落ちる様に椅子に座り、深く息を吐く。 「……良かった…」 アラーナが穏やかに話し出す。 「それでジャックが、なぜジャコビーがパターンを変えたのか、あなたにプロファイルして欲しいと言ってるの。 ジャコビーは5年前、離婚がストレス要因となり爆破を始めた。 そして何故か2年間沈黙した後、パターンを変えて爆破を始めた。 それに今迄は決して使用しなかった銃を使ってまでして、捜査官の殺人未遂まで起こした。 それにジャコビーはジャックを撃つ前に『傲慢なジャック・クロフォード。俺は侮れない存在だ。』と叫んでから撃った。 これじゃあ自分を撃ってくれと言っている様なものだわ」 「そうだね…。 その駐車場でプロファイルをしてみるよ。 それと」 「なに?」 ウィルが力無く笑う。 「そろそろレクター博士がここに居る理由を教えてくれないか?」 「そうね」 アラーナが一度口をきゅっと結ぶと、再び口を開いた。 「あなたが捜査に加わるのなら、レクター博士が必要だと私が助言したの」 「君が!? なぜ!?」 「混乱させたわね。 ごめんなさい。 でもあなたが嫌がると分かっていたけれど、あなたが捜査に出るには、サポートしてくれる精神科医が必要だわ。 それが私では駄目なのよ。 私は行動科学課の顧問で以前からあなたと親しいし、外部の人間で客観的に診てくれる精神科医でなければ。 それに私が関わればあなたの記録に残る。 特別捜査官に復帰出来ないかもしれないのよ?」 「それは重々分かってるよ! でもレクター博士は嫌だ! 他の精神科医を連れて来てくれ!」 「ウィル…。 あなた、彼と打ち解けてきてるじゃない。 どうしてそんなに彼を嫌がるの? 週末だって一緒に過して、昨日だってあなたの家まで様子を見に行ってくれて、一日中あなたの看病をしてくれたのよ? 他の患者を全員キャンセルしてまで。 それは彼があなたを助けたいからだわ。 彼は天才だから天才のあなたが理解出来るのよ。 そしてあなたの特別な才能を生かせる場に、あなたを戻してやりたいと思ってる。 それに初対面の精神科医を連れてプロファイルを行うくらいなら、捜査に協力してくれなくていいわ!」 ピシャリと言い切るアラーナにウィルが目を見開く。 「…アラーナ…だけど彼は…」 「彼は、なに? なにが不満なの?」 なにが不満なの? なにが? なにが、だろう…? 僕は、なぜ、こんなにも、レクター博士が嫌なんだろう…? 嫌? 嫌とは違う… 怖い、んだ…! ウィルが頭を抱えて目をぎゅっと瞑る。 アラーナが慌ててウィルの隣に座る。 ウィルがブルブルと震え出す。 「ウィル? 大丈夫? 頭痛がするの?」 するとウィルとアラーナの頭上から穏やかな声が降ってきた。 「ブルーム博士、席を外してくれるかな? 私が診察しよう」 「レクター博士! お願いします」 アラーナがさっと立ち上り、ウィルの席から一番遠い席へと移動する。 レクター博士がゆっくりとウィルの隣に座る。 そしてやさしくウィルの肩を抱いた。 ウィルの身体がビクッと大きく震える。 「ウィル…可哀想に…そんなに怯えて」 「お、怯えてなんて…無いっ…!」 「私に嘘は通じないよ」 レクター博士がウィルの肩を抱いた手を、波打つ様に首筋に移動させる。 ウィルが震える声で言う。 「そんな風に…僕に…さ、触るな!」 「ウィル。 昨日の約束を覚えているかい?」 「…約束…」 「君と私との秘密の約束…さぞ楽しいだろうね」 ウィルがヒュッと空気を吸う。 「君がプロファイルするところを私に見せて。 そうすればもっと楽しくなるよ」 ウィルがレクター博士を見上げる。 ウィルの丸みがかった大きなグリーンの瞳は物欲し気に揺れている。 レクター博士が微笑む。 「君は本当にかわいいね」 レクター博士はそう言ってウィルの首筋を圧迫する。 「…レ…レクター…博士…苦し…い…」 「君は苦しいのが好きだろう? でも今はこんなことしかしてやれない。 すまない。 埋め合わせは今夜しよう」 「…はい…」 「落ち着いてプロファイルに集中出来るね?」 「…はい…」 「良し。 良い子だ」 レクター博士がウィルの首から手を離す。 ウィルがゼイゼイと荒く息をする。 「ウィル、ゆっくり深呼吸しなさい」 ウィルがレクター博士に言われた通り、深呼吸を繰り返す。 「どう? 落ち着いたかな?」 「…え?ええ…僕は…何かご迷惑をお掛けしましたか?」 「少し呼吸困難気味だった。 パニックの寸前ってところだね。 心配無いよ。 薬も使っていないし」 「そう…ですか…」 「気分は?」 「大丈夫です」 「私は役に立ったようだね」 「…そのようですね」 「捜査中に君をサポートしても?」 レクター博士が右手を差し出す。 「…ええ、お願いします」 ウィルはそう言ってレクター博士と握手を交わした。

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