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第一章・8
「新人の君も、他人を思いやれるほどの気持ちのゆとりが出てきた、というわけだ」
「いえ、ゆとりというわけでは……」
大沢さんだから特別なんです、との気持ちを押さえ、伊予は返事を濁した。
「何にせよ、こうして屋上まで呼び出してくれてありがとう。ちょっと煮詰まってたからね」
「はい」
英治からお礼まで言ってもらえて、伊予は赤くなった。
そんな彼をおいて、英治はうきうきと目薬を手のひらで遊ばせている。
「晴れた夜に、外で点眼せよ、とは不思議な処方だ。さっそく試してみよう」
「待ってください、大沢さん」
伊予は、彼を止めた。
確かにマスターの事は信じているが、英治を危険な目に遭わせてはいけない、というブレーキが働いたのだ。
「まずは僕が点眼してみます。何事もなければ、どうぞ大沢さんも」
「用心深いなあ」
大沢は伊予に目薬を渡すと、夜空を見上げた。
ちらちらと、まばらに星々が瞬いている。
市街地からやや離れたところに建っているビルとはいえ、電気の光で夜空も明るい。
がんばって三等星まで見えるか見えないか、といった程度のものだった。
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