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第三章・7

「何だぁ? 俺は何にもしちゃいないぜ?」 「とぼけるな! 今までこの人の体に触っていただろう!」  けっ、と痴漢は吐き捨てるように言った。 「あ~あ。こいつに恥かかせて、どうすんの? ここにいる全員、注目しちゃってるよ?」 「今、乗務員を呼んだ。言い訳なら警察でするんだな」  ゲッ、と男はカエルのような声を出し、慌てて人ごみをかき分け始めた。 「待て!」  後を追おうとする男性の腕を、伊予は掴んだ。 「いいんです。もう、いいんです、大沢さん!」 「え……?」  振り向いた男は、大沢 英治その人だ。  伊予は、英治の腕をしっかり掴んで、顔を上げた。  潤んで涙目になったその目は……、そしてその下にある鼻は……、さらにその下にある唇は……。 「ま、まさか。鹿久保くん?」  伊予は無言で、こくりと首を縦に振った。 「怖かったです。今でも、怖いです……」  だから、そばにいてください。  そんな部下を放っておくほど、英治は薄情ではなかった。  白石で降り、伊予をマンションまで送ってあげた。  

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