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第一章・2
世界史の授業がようやく終わり、凱は大きく伸びをし教室を出ようとした。
ふと、その時、室内のざわめきを制するような声があがった。
「みんな、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」
全体に話が行き渡るよう、まるで教師のように教壇へ上る姿。
けッ、と凱は小さく毒づいた。
優等生の、天知 景道(あまち かげみち)だ。
弁護士の父を持つ、良家のお坊ちゃん。
エリートコースをひた走る、サラブレッドだ。
「まもなく秋の収穫祭だろう? 僕たちも、何か祭りに奉納する舞台を作らないか?」
へぇ、といった空気が湧き上がる。
祭りの当日、講堂では豊穣に感謝する歌や舞が披露される。
しかし、それらは全て大人たちの独壇場だ。
もっとくだけた雰囲気の中で、子どもの手による、子どものための出し物をしないか、というところが天知の意見だった。
「おもしろいかも」
「大人の出し物って、退屈だもんな」
皆、まんざらでもないらしい。
合唱がいい、だの、手品はどうか、だのという意見が口々に出されたが、天知はそれらを全部聞き終えた上で、演劇はどうか、と提案してきた。
それを聞いて凱は、やれやれと席を立った。
天知のやつ、最初から演劇にする気でいたに違いない。
そして、主役はこの僕、と言うことだろう。
もうこれ以上付き合うのは時間の無駄、と教室を後にした。
部屋を出て行く凱を気にかける人間は、怜也ただひとり。
他の者は、またいつもの事だと見てみぬふりをし、話し合いを続けた。
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