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第6話
抱いてほしいなんて言うんじゃなかった。
俺の知ってる悠人。中学の頃とは違う。たどたどしさもなく。
ただ、悠人が触れる指先が身体の中から何かを呼び起こす・・悲しみ・・・快感・・・
俺の悠人は・・・いない。溢れてくる涙を止めることが出来なかった。
悔しくて。顔も知らない誰かを恨んで。そして悲しくて。優しい愛撫に嫉妬して。
もう、頭ん中がおかしくなるくらい気持ち良くて。そんな馬鹿な俺の身体に、また・・・涙が溢れた。
寝落ちしたように見せかけて、呼吸の整った悠人をベッドに残し、急いで服を着た。
さらりと肌を滑るシャツ。綺麗に身体を拭いてくれた。時々、キスを落としながら。
それさえ、胸が苦しくて涙を堪えた。そっとドアを閉めてエレベーターに飛び乗った。
久しぶりの感覚にまだ悠人が俺の中にいるみたいだ。
悠人・・・
嫉妬で気が狂いそうだよ・・・いっぱい愛してもらったのに満たされない俺の心。もがいても、もがいても。
どうにもならない気持ちが身体の中を暴れまわる。
怒り、悲しみ、恨み、悔しさ。
足早に駅に向かう。早く、悠人から離れたかった。まだ、終電はあるはず・・・
路地の角を曲がろうとした瞬間、グイッと腕を後ろから掴まれた。
引っ張られてバランスを崩しそうになり反射的に振り返った。
「お、お前どこ行く気だよ!」
腕を掴んだまま肩ではぁはぁと息をしながら睨みつける。
悠人・・・
掴まれた手を振りほどこうと大きく腕を振り下ろした。
「なんで逃げる?岳!!」
肩を掴まれて悠人の胸にドン!っと収まった。
「離してくれ・・・」
俺ってこんなに泣き虫だったんだな・・心地のいい悠人の腕の中。でも、その腕の中も涙を誘った。
俺って俺が思う以上に悠人のことが好きだったんだ。こんなに傷つかないとわからないなんて。
あ・・・傷ついたからわかったのか・・・
どっちにしても傷いたことには違いないし、悠人はもう俺の知ってる悠人じゃないってこと。
ずんずんと腕を引っ張られ痛いくらいに掴まれた悠人の手を。
まだこの後に及んでも、まだ・・・広い背中を見ながら引きずられるように元来た道をまた歩く。
何度か踵を返そうと掴まれた腕に力を込めたけどビクともしない。
悠人の手と俺の手。強力な磁石か、瞬間接着剤か。離れなければいいのに。
開かれた扉。離してくれない腕に放り込まれた。
床に転がって振り返えった、その瞬間。
「なんで逃げる?何考えてえるんだ?」
がばっと抱きしめられた。悠人の匂いを強く感じて・・・いっぱい走ってきてくれたんだな・・・呑気にそんなことを思った。
何を考えてるって・・・悠人の事ばかり考えてるよ、俺は。もう、俺の記憶を辿ってもいつも悠人の事ばかりだよ。
でももう考えないようにする・・・したい。抱き合って更に胸がえぐられたように痛んでる。
「もう、悠人とは会わない」
「なんで!?」
なんでって言われても・・・好きだから許せないこともあるんだよ。
「もう俺の知ってる悠人じゃないから」
悠人に抱かれて確信してしまった。・・・もう俺の知ってる悠人じゃない。
俺のことを好きなのに・・・他の奴とヤるってことは、それほど俺のことを好きじゃないからだ。
いくら、どんな理由があっても。
顔を上げてじっと見つめてくる視線を逸らさず答える。俺は悠人以外となんて考えもしなかったよ。
「あの・・・中学生のたどたどしいセックスしか知らない俺と・・どこかの誰かと上手くなっていった悠人とは・・・もう出来ないよ」
これは嫉妬。
でも、黙って我慢してきた自分に腹が立った。他の奴とシテも、俺の悠人だって馬鹿正直に思ってたんだ。
わかってるけど、口から吐いて出てくる言葉を止められなかった。
やっぱり俺から終わらせないとダメなんだ・・・
「もう、いいよ・・・悠人のしたいようにして。俺は俺だけを好きでいてくれる人を探す」
「だから、俺は岳だけだから。他の奴なんて要らない」
「だったらなんで・・・他の奴と・・・」
理由は聞いたけど。納得出来ないよ。好きな相手と付き合って抱き合って。
それって当然じゃないの?セックスだけよそでするなんて聞いたことがない。
要するに俺以外の人とシたかったんだろう。
「俺は悠人が許せない・・好きだけど・・・他の人とセックスして俺だけじゃないなんて・・・ずっと我慢してた。それでも俺のところに帰ってきてくれるからって・・・でも・・・セックスなんてするんじゃなかった・・・悠人はもう俺の知ってる悠人じゃない」
「岳・・・俺はお前が好きだし、大切だよ。昔から変わらないし、これからもずっとだ。もう、他の奴ともしない。だから、一緒にいたい。いてほしい」
いつも自信満々な悠人がこんなに必死で俺のことを離さない勢いで掴んで。
・・・絆されちゃいけない。いけないけど・・・
「悠人は俺が何も言わないことにいい気になって・・・ヤりたいだけヤッて・・・都合良すぎだよね」
これは本当に怒ってもいいことだと思う。
「俺の気持ちが離れないとでも思ってたの?」
気持ち・・・離れてないけど。。嫉妬で怒って、当たり散らしてることぐらいわかってる。
どうなったって俺は、悠人が好きなんだ。
「ごめん・・・」
こんな愁傷な悠人を見ることはない。でも掴んだ力は緩まない。離さない・・・そう思う気持ちが伝わってきて・・・それに喜んでいる自分がいる。
どんなことが起きたって、俺は悠人から離れられないから。
嬉しがってる気持ちにため息を吐いた。
「これからまだ悠人といるとしても、もうセックスはしない。こんな惨めな気持ちになるのは嫌だ。悠人は誰とも出来なくなるよ?俺といると。良いの?」
それでも俺といると言ってほしくてカマをかける言い方をする。
「誰ともしない。約束するよ?だから俺と居て?」
こころの中でニヤリとする。なんて性悪なんだ。でもこれくらい・・・俺は我慢してきたんだし。
気持ちを確かめるぐらい許してね、悠人・・・
俺から離れていかなきゃって思ってたのに。やっぱり悠人が好きなんだよね。
「誰ともしない」って言葉を信じてみようと・・・思う。
俺が一番だって言ってくれたから。
「岳・・・岳の気持ち聞かせて?俺のこと許せない?もう一緒に居たくない?」
覆い被さるように俺の体に跨って不安そうな顔を覗かせる。
そろそろと悠人の首に腕を回した。
「俺は俺だけをみてくれる・・・悠人が欲しい・・・」
結局、許して、絆されて。裏切られて泣かされてるのに、悠人が欲しい。どうしようもない自分に呆れた。
「岳をずっと見てる。これからも」
「他の人も含めて、なら捨てるから」
間近に近づいた悠人を誘うように腕に力を込めた。その唇が欲しい。うっすらと開けた隙間から舌先を覗かせた。
悠人が欲しくて、欲しくて。深くなっていくキスに、胸をドンドンっと叩いた。これじゃ、俺が欲しがってるみたいじゃないか。
いや、欲しいんだけど。このままではダメなんだ。
「どうした?岳・・・」
近くにある甘い顔。俺の大好きな顔。でも・・・まだ許した訳じゃないんだから。
「悠人、ここまで」
シャツの裾からスルリと入ってきた手を掴んだ。
手が早いんだから。
「さっき言ったこと忘れた?セックスはしないんだよ」
悠人の体をかわすように起き上がった。
「俺が岳が好きだって、岳だけだってわかってくれたんじゃないのか?」
「わかったよ。わかったけど、これまでのことが俺の中で折り合いがつくまで・・・しない」
ここで、流されたらダメだ。
「悠人も、俺以外とはしないんでしょう?」
「しないよ。しないけど・・」
「だったら我慢して。俺を欲しがって毎日悶々と悶えて」
俺だって我慢したんだ。
「本気で言ってる?」
「本気、俺は3年間我慢してきたんだ。そばで、ずっと」
頬に手を伸ばして反対の頬に触れるだけのキスをした。
「浮気したら、終わりだから」
至近距離で視線を合わせて囁いた。
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