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第8話

「赤井、ここいい?」 食堂で遅めのランチを食べているところに石井が声を掛けてきた。最近よく声を掛けてくれて、波長があうのか話しやすい奴だと思う。 「赤井さ、夜ってなんか用ある?」 カレーのいい匂いをさせながら石井は聞いてきた。 「いや、何もないけど」 俺の用って・・・悠人の家に寄って帰るだけだけど。 あれから1か月・・・ 毎日のように悠人のうちで飯を食って帰るようになった。それに異常なまでのスキンシップが増えた悠人。誰も抱けなくなって悶々としているのがわかる。 でも、俺はもっと我慢してたんだから、悠人も苦しめばいい。可愛さ余って憎さ・・・て感じ。 「飯食いに行かない?相談でもないんだけど・・聞いてほしいことがあるんだ」 聞いてほしいこと。悩みを相談できる程、仲良くなった感じはないんだけど・・・ 大口でカレーを頬張る石井を見た。ん?って表情で見返してくる。 「そんな警戒しないで。まあ、赤井にしか話せないことだし・・聞いてほしいんだ」 スプーンをカチャンと置き、手を合わせた。 「講義終わったら連絡するな」 「わかった」 「じゃ」 立ち上がりながらトレイを持ち上げる。肘の裏側にあるタトゥーを見つけた。まあ、真面目な奴でもないんだよな・・・ 今時珍しくはないけど、俺の周りには入れてる奴はいない。姿が見えなくなるまで目で追った後、悠人にメッセージを入れた。 『石井に飯誘われたから。終わったら寄るから」 即座にメッセージ音が鳴る。 『分かった。石井は笠井と仲いいから。要注意な』 あれから、過激なほどの笠井の行動に、悠人はかなり参っているし、過敏になっていた。こうやって同じ大学にいるのにもかかわらず、メッセージで会話をしている、俺達。 俺の事を思ってだろうけど・・・正直寂しい。笠井は朝からずっと悠人にべったり張り付いているし。 時々、そんな距離で話さないだろうと思う密着度で悠人にくっついている。 ざわざわと落ち着かない胸の中を隠して、悠人と距離を置く。 やっと、俺のものになったっていうのに。前と変わらないじゃないか。 大きく深呼吸をしながらトレイを持って立ち上がった。 午後からの講義が終わってしばらくすると石井からメッセージが来た。 「食堂前のベンチで待ってる」 食堂前か... 中庭の見える廊下からゆっくりと歩く。外を覗くと仲良さそうに見える悠人と笠井が歩いてる。 気持ちが通じ合っても、モヤモヤするのは変わらないじゃないか。もうそろそろ限界なんだけど。 笠井の悠人への執着は尋常じゃない。悠人が手に入らないからがんばってるんだろうけど。 悠人は落ちないよ。俺のことが好きだから。そう、自分に言い聞かすことで気持ちを立て直していた。 食堂に着くとベンチに座ってタバコを吸っている石井がいた。話してる感じだと好青年で誠実そうに見えるのに。 腕にタトゥーが入っててタバコを吸う。見た目で人は判断できないな・・・ そう思いながら近づいた。 俺の気配に気付き、大きく煙を吐き切ってにっこり笑って立ち上がった。 「赤井ごめんな。この後時間急がない?出来たらゆっくり聞いて欲しいんだけど」 爽やかな笑顔につられて 「時間は急がないから大丈夫だよ」 と微笑んで。行こうかと促される。 『石井は笠井と仲良いから要注意な』 悠人の言葉が頭を・・・過った。 スマホを取り出して悠人にメッセージを送る。 『石井と飯食ってくる。遅くなっても行くから』 ・・・悠人が足りない。俺の身体は悠人を欲しがってる。 ここ最近はまともに顔も見てないし、話してもない。俺からすればいいとばっちりだ。 悠人がヘマしたのを繕ってる間、俺はほったらかしだ。笠井なんてどうでもいい。 悠人は過敏に警戒してて、笠井が俺に何かししないか・・・そればかりを考えてる。 何されるっていうんだよ・・・リンチ?レイプ?・・・ レイプはないか・・・あ・・・あるのかも・・・ 俺に手を出したって悠人の気持ちは手に入らないし、的はずれもいいとこだ。 でも・・・ それだけ、忘れられないほど悠人とのセックスが良かったってことなんだよな・・・身体も心も欲しいから必死なんだよ・・ ムカつくなぁ・・・悠人の奴。でも、好きなんだよな・・・ 隣を歩く石井の声が聞こえないほど、俺の中は悠人でグルグルしていた。 「あんまり人に聞かれたくない話なんだけど・・・俺の家とかでも大丈夫?」 家か・・・ 知人程度の友達の家へ行くのは抵抗がある。適度な潔癖なんだよな、俺って。返事に迷っていると石井は覗き込んだ。 「警戒とか・・・してる?」 なんで警戒するんだよ。突っ込みそうになったけど、警戒されるようなことを話したいのか? なんて勘ぐってみたり。まあ、家はダメかな・・・ 「外でもいい?個室の店知ってるから」 「・・・うん、じゃあ・・・そこで」 あそこなら、悠人も心配しないだろうし・・・頭に浮かんだ店を案内しようと歩き始めた。 これだけ悠人に従順にしてるのに・・・悠人は何手こずってんの? 早く笠井なんか切って俺の所に戻ってきたらいいのに。早く悠人に抱きしめられたい。 悠人の匂いを思いっきり身体の中に吸い込みたい。気持ちと身体の折り合いなんて本当はどうでもいい。 ただの嫉妬だから。 ただそれを認めてしまうのがシャクなんだ。石井の問いかけに軽く返しながら、悠人を欲しがる身体にため息を吐いた。

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