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第16話
「何がどうなってんの?」
石井が笠井を追いかけたのを見て悠人は首を傾げた。
「あいつららデキてんの?」
「デキてんのかな・・・石井は笠井のことを好きみたいだけど」
踵を返して校門を出た。
「え・・・好きなやつの前で他のやつとヤったの?あいつ」
「みたいだね」
俺の隣に歩幅を合わせて悠人が歩く。いつもと同じなのに同じじゃない。今隣にいる悠人はもう他のヤツを見ず俺だけを見てくれる悠人だから。
『もうこいつだけだから』
この言葉がどれだけ欲しかったか。迷わず俺の隣にいてくれる。泣きそうなくらい嬉しかった。
「なあ、岳・・・寄り道したい?」
「え?」
「俺、家に帰りたい」
「家?」
「俺ンち来てくれる?」
そう言った顔を覗く。...蕩けた顔してんじゃねーよ。
こっちまで移るじゃん。
「さっきのキスでスイッチ入ったんだよ。岳を抱きたい」
うう....
きっと俺の知らない悠人はこうやって俺の知らない誰かを求めるように囁いてたんだろうな・・
そいつを求めて。いくら遊びでも。我ながら女々しいと分かってる。でも、どうしても考えてしまう。
俺は必死で悠人を独り占めしたくてもがいてるのに、悠人はこうやって簡単に俺を欲しがる。
気持ちがついていってないからなのか?心に隙間があるようで寂しかった。
贅沢だよな・・・やっと悠人が俺の方を見てるれてるのに。
でも・・・他の奴らみたいに捨てられる日が来るかもしれない・・・と思うと胸が軋んだ。
重いな・・・俺。
そう軋む胸に手を当てて痛みを抑えようとした。でも、その痛みは目の奥に辿り着き、ツーンとする感覚が涙を誘った。
スイッチが入った悠人は俺の肘を掴んでズンズンと歩いていく。歩幅を合わせて歩く・・・視界がぼやけてつまずき、よろけた。
掴まれた手に力が入り引き上げるように抱きしめられた。その反動でポタポタと地面を濡らす。
地面のシミを見たからなのか胸に引き寄せられる。暖かい腕の中はさらに涙を誘った。
建物の中に入ったのは分かってたけどピっと音がしてエレベーターの前まで来ていたことに気づいた。
大学から5分足らずの悠人のマンション。抱えられたまま、エレベーターに乗り込んだ。
ポケットからカードキーを出すと素早く差し込みドアを開けて俺を押し込んだ。ドアに押し付けるように抱きしめる。
「岳にの気持ち考えずに・・・ごめん」
肩に頭をつけてか細い声で囁いた。
「俺のせいで嫌な思いさせてごめんな。無神経な事言ってごめん」
無神経・・・
あ・・・?
石井との事を思い出して泣いたと思ってるのか?それはそれで傷ついてはいるんだけど、それ以上に悠人でいっぱいいっぱいだったから。
終わった事より、今の置かれている状況についていくのがやっとだった。
「石井との事はもう気にしてない。そうじゃないっ!悠人が・・・悠人がっ・・!」
目を合わせると優しく覗く悠人がいる。俺だけを見てくれてる。笠井じゃなく他の誰でもなく、人目も気にせず悠人にキスをして俺を抱きしめてくれた。
好きで・・・こんなにも好きで。
なのに・・・
「あーあ、綺麗な顔が台無しじゃん」
止まらない涙をシャツの袖で拭いてくれる。
「俺自惚れてもいい?」
再び悠人に抱きしめられた頭の上から声がする。
自惚れる?
「岳さ、俺のこと、めっちゃ好きだよね?」
好きだよ!ずっとずっと悠人しか見てないし!
「泣いちゃうほど好きなんだよね?」
なんで泣いてんのか俺にもわかんねーよ。
「はぁぁ・・・堪んない。俺、幸せだわ」
俺だって!・・・俺だって幸せ・・・あ・・・嬉しくて・・・胸がいっぱいで・・・泣いてるのか・・・俺・・・。
ストンと気持ちが落ちてきて溢れる涙の理由に名前がついた。
嬉し泣き。幸せ泣き・・・か・・どっちにしても悠人絡みなのは確かだよ。
「岳が可愛い」
「可愛くねーよ」
泣き止むまでずっと抱きしめてくれていた。
「バイトまで・・・無理か・・・まあ、帰ってからな」
髪にキスしながら背中をポンポンとあやしてくれる。何が無理なのか・・・まあ・・わかるけど・・
玄関先で立ったまま、どれくらいそうしてたんだろう。悠人の腕の中は居心地良くて離れがたい。
「悠人、今何時?」
「4時前。そろそろ行くか?」
俺たちは先輩の勧めで同じところでバイトを始めた。ずっと一緒に入れるのなんて今だけだからって。
確かにそうなんだよな。生まれた時からずっと一緒にいるけど、大学を卒業すると別々の会社で働くことになる。そばに悠人がいなくなる日が来る。
あ・・・ダメだ・・・今日は涙腺が壊れてる。朝も、昼も、もしかしたら1週間とか会えなくなるかも知れない。
どうしよう・・・そんな先のことを考えてなくとか、どれだけ乙女なんだよ。
いつまでも離れがたい悠人の腕の中を抜けて、バイト先へと向かった。
「オーナーさ、かっこいいと思わない?」
時折、手の甲が触れる距離で歩く。俺の気をそらしてくれてるんだろう、先日から行き始めたバイト先のオーナーの話を始めた。
「すげーイケメンだよな」
先輩に連れて行かれたカフェ。出迎えてくれたのは、見たこともないイケメンだった。
悠人もかなりのイケメンだけど、ワイルドで高身長、長髪も不潔感のないすごいイケメンだった。
「俺、見惚れたもんな」
「俺も。男に見惚れたの初めてだよ」
面接を始めるのかと思ったら、美味しいコーヒーを入れてくれて、先輩が
「どうですか?」
って聞いたら、
「合格だよ。いつから来れる?」って。
カフェに入ってから5分も経たないうちにバイトが決まっていた。帰り際、「どういう基準で決めてるのか」を先輩に聞くと
「イケメンで清潔感があって、後、オーナーのインスピレーション」
すごい緩い感じで決めるんだ・・・
「オーナーのインスピレーションは凄いから」
自信満々で豪語した先輩も選ばれた1人なんだよな。
「弟さんがこれがまた超美形なんだよ」
自分のことのように自慢する先輩。まあ、あの人の弟でこんなに自慢する先輩が言うんだから超美形なんだろう。
夜はBARに様変わりするらしいカフェ。俺達はどちらも採用になったらしい。
「あの人に選ばれたってちょっと優越感に浸れるよな」
悠人らしい。人に認めてもらえるのは嬉しいけど。俺は少しでも悠人と一緒に入れるならそれでいい。
俺って悠人にベタ惚れじゃん・・・抑えてた気持ちが溢れてきて抑えられないんだ。
俺の悠人。もう絶対離さないから。
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