19 / 55
第19話
「そ、そんなこと言ってないだろ!いい加減なこと言うな!」
あまりの悠人の剣幕に一瞬怯む女。
「だって・・・私だけって言ったじゃない」
今度は泣き落としか・・・この女だって悠人の1番になりたくて必死だ。
こんな女、あ・・・男もあとどれくらいいるんだよ・・・手のひらのピアスの相手と、目の前の女・・・
考えるだけでゲンナリする。
「まあ、良く話し合って。俺は帰るから。悠人、シーツ干しとけよ」
ドアの前の女を通り過ぎ、悠人の前で立ち止まった。少し高い位置に目線を上げる。
もう、指咥えて見てるだけじゃないんだ。俺だって、この女達と同じ土俵にいるんだから。
悠人の頬に指を這わせた。
「岳!あ、あのな、聞いて、」
殴られると思ったのかビクつく後頭部をホールドし、視線を合わせたまま、唇をあわせた。
後ろで息を飲むのがわかる。悠人は俺のものだから。誰にもあげない。
「昨日は良かったよ。また、シてよね」
頬にもキスをしてそのまま玄関へと向かう。微かに耳元で「信じてるから」そう釘を打った。
自分の落とし前は自分でつけないとな・・・
******
やっと、やっと。
俺の腕の中で眠る岳の寝顔を、ずっと、見ていた。
Tシャツを掴んで眠ってる。もう離さないとでも言っているように。こんな風に抱きしめて眠る日が来るなんてな。
今なら中坊の頃に怯えた岳の色気も何もかも全部、どんなことからも守れる。いや、守りたい。逃げたりしない。
なのに、深夜に届いたメッセージがウザくてシカトしたかった。ヤるだけの女、のつもりで部屋に入れたのが間違いだった。
何度もやってきては手料理を振舞おうとしたり彼女気取りで正直ウザい。今までなら適当に、いい加減にあしらっていたと思う。別に岳以外どうでも良かった。
でも、今は違う。岳が俺の腕の中にいる。これから俺は全部、岳のものなんだ。
こんな嬉しいことはない。岳が俺を欲しがってくれている。全部やる。こんな俺でいいなら全部。
束縛されて、いいようにされるなんて・・喜んで差し出すよ、岳。
『渡辺君、僕にくれるんでしょう?』
笠井の言い放った言葉でも、岳の口から出るなら岳のもんだ。だから、岳のものになった俺は、真っ新になりたいんだ。だからウザくて面倒くさいけど、誠意を見せて綺麗に終わらせたい。
朝早くからやってきた彼女は、誰かを連れ込んでるであろうと予測してなのか、「部屋にあげろ」と言い張って聞かなかった。
それを岳が見てたなんて思わなかった。岳から離れて、してきたことはだらしなく碌でもないことばかりなんだよな。
また、岳に隠そうと取り繕ってる。岳に知られて呆れられるのを恐れて、いや、飽きられるのが怖かった。
女が乗り込んだときはもう、岳は起きていて布団を干してシーツまで洗ってくれていた。
手には別の女が忘れていったピアスを持って。
******
岳が帰ってしまった後、女とは理解してもらうまで時間をかけて話した。本当は岳を追いかけて行きたかったけど、俺にはしなきゃいけないことがある。
岳が言った、
「信じてるから」
それを実証する。俺は岳と真っ新になって向かい合いたい。
俺が本気で好きなのは誰なのか、いい加減なことをしたことを謝った。
勝気な彼女は
『私は振られたんじゃないから。元々付き合ってないから』
そう言いながら涙を溜めていた。酷いことしたな・・・
『また、ご飯くらい行こうね』
そう言った彼女ににっこり微笑んだけど、多分ない。誤解を招く行動はしたくない。
これも、俺なりの本気の誠意。
女が帰った後、遊んでた女(多分厄介そうな奴)にメッセージを送った。面倒くさいことになりそうな感じなら合って話そうと思った。
でも、思ったほどじゃなく。あっさりしたものだった。ちょっと自惚れてたのかも。拍子抜け。
まあ、手間が省けたんだけど。
男は今は笠井だけだったし。こう考えると俺って本当に節操なしだった。
バイトの時間にはまだ余裕があるけど、岳に報告と迎えに行こうとスマホを手にした。
「岳、今大丈夫?」
確認を取ると、周りの声で、外にいるのがわかる。
「悠人、石井に会うから先にバイト行ってて」
かけた俺の要件も聞きもせず、言いたいことを言う。
それも石井だと!!!
「岳!ダメだ!会っちゃ!俺も行くから今どこ?!」
「何慌ててんの?だいじょ・・・・」
岳の声は途中で切れてしまった。かけ直すが電源が入っていない。なんで石井?ダメだろ石井は!
おまえ、危機感ないだろ・・・・
連絡を取る術がなくなった俺はスマホを握りしめたまま途方に暮れた。
やることもないつーか、岳のことが心配で1時間も早くバイト先に着いた。
ここで待つしかねぇし。チラチラとスタッフルームの扉を見る。
何やってんだよ・・結局、忙しいからと早めに入ったんだけど、岳が気になって仕方がない。
俺の頭ん中はあの光景が離れないんだよ。石井に組み敷かれた岳の姿。
大きく足を開き揺さぶられてる様が。俺しか入ったことのない岳の中を犯した奴だ。
許せるわけがない。
まあ、俺の所為なんだけど・・・
腕の時計と壁の時計。交互になんども見てしまう。
「どうした?落ち着かないな」
オーナーがカウンター越しに話しかけてくる。
「が、あ、赤井が来ないから・・・」
「まだ早いだろ、お前らも仲良いよな」
お前らも?首をかしげると
「彼奴らも」
そう言ってテラスにいる佐伯君を指した。
佐伯君?
「あいつも相当過保護だけど、君も過保護そうだな」
ニヤッと笑うオーナー、含みを感じるけど・・
「まあ、危なっかしい奴なんで」
「まあ、程々にな」
カウンターに置かれたカップを持ちテーブルへと向かう。いく先々で佐伯君は声をかけられ、愛想を振りまいている。客商売向きだよなぁ。
イケメンで物腰柔らかくて、気遣い半端ない。彼女は心配だろうけど、あれが自分に向けられるのは中々嬉しいよね。
いるんだろうな・・・佐伯君の彼女ってどんな女?
超美人とか?案外奥ゆかし系?
まあ、気にはなるよな・・・
オーダーのテーブルに運んで振り返ると、カウンターの前に腰紐を直している岳がいた。
岳・・・
その姿にドクンっと胸が跳ねる。やっぱ、俺、岳の事好きだわ。散々好き勝手して苦しめても俺のそばを離れなかった、岳。
相当俺のこと好きなんだよなぁ・・・
スキップしそうな勢いで岳に近づく。
一瞬。そう、一瞬嬉しそうに笑って、一瞬で険しい顔付きに変わった。
んん?
カウンターに置かれたカップをトレイに乗せ、テーブルに運んだ先には・・・・岳も嬉しそうに微笑んで、石井はふやけた顔で岳を見つめていた。
岳?
石井としばらく話をしてからカウンターの側へと戻ってくる。でも、俺の目を見ようとしない。
「岳?」
肘掴むとやんわりと外された。
「仕事中だから、後で」
視線も合わさず、そそくさとオーダーを取りに行く。その後ろ姿を追ってると石井と目が合った。
一瞬で目を逸らす。なんなんだよ、まったく。その後は、バタバタ忙しく岳と話す暇なんてなかった。
それでも感じる距離感。俺、避けられてる?よな・・・
スタッフルームに入って着替えてる間、一言も話しかけてこない。
言いたいことがあるならはっきり言えよ。それを聞けない俺もヘタレだけど。
「なあ、岳」
俺のかけた声にビクンを身体を揺らす。
「なんかあった?」
もうこっちからは目合わせらんない。逸らされると堪えるんだよ。
俺、岳に関してはヘタレの小心者だし。認めちゃうけど何言われるかめっちゃ怖いし。
「いや・・・何も」
何も??何もない態度じゃねーじゃん。なんなんだよ・・・
「石井になんか言われた?」
それしかないだろ?朝別れて、この数時間で何があるっていうんだ。着替え終えた岳が俺を見る。
「女と・・・ヨリ戻った?」
女?今朝の?
「朝のか?戻るわけないじゃん。岳がいるのに」
そんなこと思ってたのか・・・
「だって追いかけて来なかったから・・・あれから女とうまくいったのかって・・・」
岳の大きな目からハラハラと涙が溢れる。ぎょっとして、さっきの態度を思い出した。
ずっと涙堪えてたのか?だから目を合わせなかったのか?
「女にはちゃんとわかってもらうまで話して関係は綺麗にしたよ。岳にまたとばっちりがいったら困るからな。他の・・・関係ある奴、綺麗に切ったよ」
やっと目を合わせてくれたかと思ったら涙を零しながら、奥の奥を覗くように見入る。
疑われることはないよ。俺は岳だけだ。
「俺っ・・・気持ち悪くて・・・あの部屋で悠人と誰か・・・ヤッてって・・・おもっ・・てっ」
え?
あぁ・・・だから、布団干して、シーツ洗ったのか・・・俺達、もっと言葉に出して話さなきゃな。
わかってる、わかってくれてるって思っちゃうんだよ、付き合い長いから。
でも、言葉は大事だ。言わないと誤解を招く。今日みたいに。石井の事だって勘違いしてる俺がいる。
勘違いであってほしいけど・・・
「ごめんな、岳。いっぱい嫌な思いさせて、配慮出来なくて傷つけたよな」
腰に手を回し、細い身体を抱きしめて。髪に口付けると岳の匂いを思いっきり吸い込んだ。
俺ん中に取り込むように。
ともだちにシェアしよう!