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第21話
昼時の食堂。
岳は石井とどこかに行くからとさっさと済ませて食堂から出て行った。俺は急ぐこともないからゆっくりと内心はイライラと食べていた。
「ここいい?」
テーブルを挟んで目の前に立つ奴を見上げる。
意外・・・でもないか。
そろそろなんかアクションして来るだろうとは思っていたが、昼時のこんな人の多い時間は意外だった。
「どうぞ」
手を止めることなく言った。カレーライスとうどん。
どんな組み合わせなんだ?炭水化物ばっかじゃないかと、心の中でツッコミながら手元に視線をおとした。
「渡辺はさ、もし赤井がいなければ俺と付き合ってた?」
唐突に聞かれて器官に食いもんを詰まらせそうになる。水を流し込んで大きく飲み込んだ。
岳を選ばない人生なんて・・・記憶のない頃だと溜息をついた。
「俺は物心ついた時から岳と一緒だったからな・・でも、裏のある奴は嫌いだから、お前とは付き合わねーな」
チラッと表情を盗み見すると意外にも傷付いた顔を見せていた。
「岳以外に・・・なんて考えたこともない」
産まれた時から・・・俺達はずっと一緒いる運命なんだよ。
「・・・僕ね、結構前から渡辺のこと知ってたんだ。その容姿だし?結構遊んでるって知ってたし」
意外にもまともに話す笠井を箸を止めて見入った。
「一目惚れだった。君・・・キラキラオーラ全開であの店に入ってきて・・・俺を見つけてまっすぐ向かってきてくれて・・嬉しかった・・一晩だけでいいって思ってたんだ、本当は。だけど優しく抱いてくれて・・胸がいっぱいで・・・欲が出たんだ」
居住まいを正して真剣な顔で俺を見つめてくる。
「君の大事な・・・赤井君を傷つけてごめん。石井も傷つけてしまった・・・本当にごめん」
テーブルに頭がつくほど下げて謝る意外な姿に、元はと言えば俺のせいでこんなことになったことを俺も謝った。
「俺が1番悪いんだよ。傷つけてごめん」
同じように深く頭を下げた。
「で・・・君達はどうなってるの?」
今度は身を乗り出して小声で話す。
「何が?」
「その・・い、石井と赤井君・・ずっと一緒にいるよね?」
今は岳が思うようにさせてる。何か思惑があるんだと思ってる。異常な接近具合にイライラMAXだけど。
それも、ずっと苦しめてた償いとでもいうかな・・・多少のことは目を瞑る・・・ことにしてる。
そんなことを聞いてくるこいつも・・・案外石井のこと気にしてるんじゃないのか?
「そうだな・・・気が合ったんじゃないの?」
興味のない素振りをする。
「岳の思惑を尊重」頭のなかで念じるように何度も何度も唱えた。
そりゃ嫌だ。必要以上の接近度合いには目を見張るものがあるけど、岳が何かを考えて動いているなら尊重したい。
したいけど・・
「寛大だね。石井に取られても知らないよ」
意地の悪そうな顔も、今の俺は動じることなんかない。
これだけは言える。俺は岳を信じてる。ずっと俺を一途に待っていてくれた岳を信じてる。
窓の外を差した笠井の指先を見ると岳と石井が仲よさそうに中庭を歩いてる。
時折肩が触れるように並んで歩く。自然に笑う岳は俺といる時には見せない顔。
胸の奥がズキッと軋んで思わず手を当てた。岳は本当に思惑を持って石井といるのか?
そんな幸せそうに笑って。
目で追うのをやめて食いもんに視線を落とす。もう味もしなくなったものを口に放り込む。
その目の前の奴はボソッと呟いた。
「石井・・幸せそう・・・」
消えそうな声。見上げると今にも泣きそうなツラを見せていた。
「へへ・・・石井に言われて気がつくなんて・・ほんとバカだ・・」
やっぱり・・・でも、俺も言えたもんじゃない。
「バカでもいいじゃん、気がついたならなりふり構わず食らいついてみたら?」
最後の一口を放り込んで手を合わせる。
「いい加減ウザいから、なんとかして?」
トレイを持って立ち上がると
「渡辺も?やっぱりそうなんじゃん」
かけられた声を無視して返却口に向かった。
午後は岳の姿はなくて1人寂しくマンションに帰る。夜はバイトだから、その間は岳の自由なんだけど・・
俺がこうやって誰かと出掛けていた時、岳は何をしてたんだろう。高校生の頃は部活があった。
引退してからは?大学に入ってからは?
俺がいない間、俺をずっと好きでいてくれて、待っててくれた。
俺はいろんな奴と遊んでたのに・・そう思うと胸が苦しくなる。
岳を俺のモノにして、他人に言われた言葉で無下に突き放した。
なのに、そばにいてくれて、好きでいてくれて。こんな数日のことでイラついてる俺って、どれだけわがままなんだ・・
マンションについて洗面所に向かう。手を洗いながら鏡に映った顔を睨む。
あんな幸せそうな顔、この先させてやることが出来るんだろうか。
岳はこの先、気持ちに折り合いをつけて一緒に居てくれるんだろうか。
今、きっぱり別れてしまったほうが・・・
脳裏に浮かんで・・岳がいない毎日を考えて・・・ゾッとした。
周りをみても岳はいない。
声も聞けない。
そんな生活を想像するだけで生きる気力がなくなる。
こんなに岳を必要としているに・・なんで俺は・・・
馬鹿野郎だ。
『馬鹿悠人』
岳の声が耳の奥で聞こえる。その通りだよ・・・岳。
馬鹿野郎の顔を睨み、悩んで、落ち込みかけて・・けたたましくなるインターフォンで覚醒した。
インタフォンと忙しく叩く音。慌ててドアを開けた。
「なんで先帰るんだよ!」
はぁはぁと息を切らして睨みつける岳が立っていた。
「石井といなくなったから・・」
情けない声がこぼれた。ドアに押し入り、俺の頬を両手で挟んだ。
パシッと音を立てて。
「悠人はスマホってのを確認しないの?メッセージ送ったのに。待っててって・・」
「ごめん」
素直に謝った俺を更に覗き込む。
「どうしたの?なんかあった?」
「いや・・」
俺がヘタレなだけ。今更ながらに落ち込んでいるんだよ。
「悠人?はっきり言えよ」
挟んだ手のひらに力を込めてくる。
「ほんな、に、ほそんだろ・・っ!!」
挟み過ぎて喋られねーよ・・・
「岳・・」
俺に向けた瞳、俺の・・・岳。腰に腕を回して肩先に頭をつけた。
「岳・・・好きだよ」
唇を首筋に付ける。
「何、それ・・タラシ全開じゃん」
クスクスと笑う。タラシか・・・今はそのジョーダン躱せねーわ・・
「悪い。岳、今日先にバイト行ってくれるか?」
「悠人?」
「いいから!!先行けって!!!」
こんなの・・・ただのヤキモチと八つ当たりじゃん・・・
岳を追い出したことにまた落ち込んだ。どうしようもない馬鹿野郎だよ、俺は。
別れることも離れることも怖くて出来ないんだよ。
目の前の扉が勢いよくバタンっと閉まった。
え?・・
なんで、悠人怒ってんの?・・
なんで?・・
ドアを見つめたまま立ち尽くした。頭ん中はパニクってる・・
・・・ずっと石井といたから?・・口で言わずメッセージで言ったから?・・タラシって・・言ったから?
どれが悠人の地雷だったのかあり過ぎてわからない・・でも俺は悠人を怒らせたことは確実・・
・・・どうしよう・・
今まであんな風に怒ったことなんてなかった。石井の事は・・もうただ笠井の目を覚まさせるだけにやってる事なんだけど・・・
あんまり食いつき良くないしな・・石井の事より俺、危機的状況なんじゃないの?
やだ・・悠人と別れたくない・・やっと俺だけの悠人になったのに・・
やっぱり、今日食堂で笠井になんか言われたのかな・・
あの2人のツーショットを見た時、俺も石井も同じ気持ちだったと思う。もう嫌なんだ。他の誰かと一緒にいるのを見るのは。
まして相手が笠井だなんて絶対に嫌だ。
バイト入り時間になっても悠人は来なかった。
「さっき渡辺から連絡あって今日休むそうだから。忙しくなったらあきら呼ぶから」
悠人休むんだ・・さっきからどうしよう・・どうしようと頭ん中をぐるぐる回る。
バイトに来て顔を合わせるのも嫌だった?
笠井と話して気持ち傾いた?
タラシだって言ったの・・本心じゃないんだ。悠人が愛を囁くと勘ぐってしまうんだ。
こうやって口説いてたんだろうとか、ぐらっとくる言葉を言われると苦しくなるんだ。
俺の知らない悠人を見るみたいで・・嫉妬してるんだ・・・
時間が経って、そんなことも薄れて来たらこんな気持ちにならないような気がする。悠人が他の誰かに囁いてた事実は過去だけど、俺にはずっと側で見て来た過去だから。
そう簡単には消えないんだ。
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