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流石に苦しがると思っていたのに、岳の手は俺の腰へと回る。
背中に手のひらを這わせ、腰元に降りてきていつもの定位置で止まった。
「彼を知りたかったんだ・・俺が苦しんでモヤモヤしながら待っている間、彼は何を見て何を思っていたのか。知らない誰かから聞くのはいい気しないから。この目で見て確かめたかった」
緩めた手から顔を覗かせ、俺を見上げた。その言葉を聞いて初めて気が付いた。
その彼ってのは・・・・俺のことか?
待ち合わせをしていたのは、俺なのか?
そう思えば岳の行動に頷ける。
誰か知らない奴にあの頃の、俺の噂を聞いてムカつくと言った。その場所へ連れて行けと言った。
お互い相手を見つけて楽しもうと。
なのに岳は俺の知らない誰かと待ち合わせをしていた。だけど来なかった・・・
ピースが綺麗にはまっていくように岳の行動が腑に落ちた。
「いつも、どこにいてもずっと岳のことを考えてた。誰といても何をしてても岳のことばっかり。俺の細胞一つ一つが岳を想ってる。俺はずっと岳のことを24時間、365日ずっと想ってるんだ」
噛みしめるようにゆっくり、髪を撫でながら交わした視線に伝える。俺は身体の浮気はしたけど、心はいつも岳を想ってどうにもならない気持ちを何かにぶつけたかった。
だけど、発散なんて出来なかったんだ。後悔して岳を抱きしめてほっとする。
なのに、心底に残るどうにもならない気持ちを持て余してまた、岳を傷つけて・・・抜け出せなくて苦しくて楽しくなんかなかった。
ただ、今ならわかることが沢山あって、あの頃の俺にはきっかけさえ見つけることが出来なかったんだ。
笠井と石井にはある意味感謝してる。俺にきっかけをくれた。泥沼から這い上がらせてくれたんだから。
かなり手荒いきっかけだったけど。
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