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「俺の本心としては・・・悠人が誘って俺が誘われてって・・・・そんなことを淡く思ってたけど」 そんなことを思ってたのか。時間をずらして他人のふりして店に入って俺に誘われるのを待ってたのか・・・ 「案の定、悠人に言い寄る奴がいた。熱く口説かれてたよね。初めてをもらって欲しいって」 背中を向けて言い寄る奴と話してたはずなのに俺に意識を向けて、その様子にハラハラして妬いたのか。 なんなんだ。胸の奥がキュンと苦しくなる。必然に抱き締める腕に力を込めた。 普段は甘えることをしない岳はシャイだし口数は少ない。それでも岳の隣は居心地が良くて俺の特等席だ。抱き締めるだけで頬を染める。嬉しそうにするけどそれ以上の想いは見せてくれない。だから、心の中で何を考えて何を想っているのかいつも後から知ることになる。 こんな岳・・・可愛い。可愛すぎる。 「やっぱり悠人はモテる、うんん、モテてたんだって物凄くイラついた。でも靡かず断ってくれたから・・・嬉しかった」 岳の前で誘いに乗るとか、ありえないだろ。今の俺は誰にも靡いたりしないよ。岳がこの腕の中にいて こんな可愛いことを言ってくれて堪らないだろ。 「誰にモテたって意味がない。馬鹿な俺をずっと待っててくれて愛してくれる奴がいい。いつもは甘えてくれなくても、腕の中で甘えてくれるなんて堪らない。ここで押し倒したいくらいだ」 胸に手を当てて身体を離そうとする。そんな岳に思うようにさせた。ここにきて逃げて離れていくことはないだろう。気持ち的にも物理的にも。 「悠人は本当にしそうだから怖い。それじゃここに来た意味がないんだよ」 ここに来た意味? ここは通学路で俺達がよく寄り道をした場所。岳の言いたいことを先に見つけたくて必死に記憶を巡らせた。 ここで何があった?俺が岳に何かを言ったのか?岳の後ろに見える川の流れを見つめて当時を思い起こす。 中学生の頃は部活の帰りにここに座って夏はアイス、冬は肉まんを食べた。一本しか買わない飲み物を分けて飲む。可愛い顔をして頬張る横顔に何度も見惚れた。 高校生の頃は一緒に帰るのは週の初めだけで週末はいつも岳を放って遊びに出かけた。その頃の岳がここに来ていたなんてことは何も知らない。聞くこともせず、誰かと遊んで翌る日朝早くから岳の部屋を押しかけて寝込みを襲って抱きしめた。キスをして応えてくれることに安堵していた。 深いキスをすれば反応するモノに気付かないフリをして抱き締める。それ以上を求めるのが怖かった。放つ色香に煽られるのが怖かった。 指を絡めて柔らかい唇に触れるだけで心が満タンになっていった。埋められない不安を求めていたんだ。 岳とここで何かがあって、意味を持つ出来事。 何も思い出せない俺をじっと見つめた岳の細い指が、唇をそっとなぞった。

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