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勇敢な子豚──12.*

「うわ、ソンリェンひでー」 「うるせえ、お前らが汚すからだろうが」 「ソンリェンだって突っ込んでただろーが、結構ノリノリだったじゃん」 「レオ、死ぬか?」 「だから、喧嘩しないでくださいってば。せっかく4人で遊んでるのに」 「あき……て」  最後に視線が合った金色に、震える唇で懇願する。 「はやく、ぁ、きて……ひ、」  張り付けたような微笑みがもっと優しく溶けた。その笑みが誰よりも恐ろしいことをトイは知っている。 「だーめ、まだまだですよ。4周目頑張りましょうねえ、トイ」 「や、だ……もう、もうできな、い……や」 「今日は初めてですし、もう少ししたら終わらせてあげますから」 「や……や、やだ、ぁ……ゆるし、あ、ぁ」  だらだらと涙を零すトイの髪を、ロイズが優しく撫でた。びくりと震えるが抵抗などできるわけもなく成すがままだ。長い髪に絡まっていた精液を丁寧に拭われ、ロイズの指先がくるくるとトイの赤茶色の髪を弄ぶ。 「大丈夫ですよ、これから毎日挿れられればそのうち慣れますから」 「──ぇ」  毎日、という言葉に耳を疑う。 「ま……まいに、ちって」 「今日からあなたは僕たちと一緒にここに住むんですよ。みんなで沢山使ってあげますから」 「え……、え? なん、で」  意味がわからない。  トイが生活していた場所は、貧困層が集まる野ざらしの路上と、使われなくなったレンガ作りの廃屋の狭くて汚い一室だった。汚れ切った灰色の天井と毛布しかなかったけれど、屋根があるだけましだった。  毎日外に出て靴を磨いて金を貰ったり、近くの野山や丘を回って食べられそうな山菜や、捨てられたものを漁ってお金になるものを見つけては買って貰って生きていた。  もちろん路上で生活しているのはトイだけでなく、他にも沢山の子どもたちやリーダーのように取り仕切る子どももいた。仲間意識は薄かったけど、寒い日は凍えぬために身を寄せ合うこともあった。  そんなトイが見知らぬ男たちに無理矢理連れてこられたのは、トイが住みついている廃屋を何個集めても足りないくらいの、見たこともないほど高くて立派な屋敷だった。  今トイが押さえつけられているベッドもふかふかで、トイがこれまで寝てきたベッドとは比べ物にならない。こんな状態じゃなければはしゃいでいただろう。  そう、こんな残酷な暴力を受けていなければ。 「だって、飽きたら、って……」  ロイズは一番初めに、飽きたら解放してあげますので頑張ってくださいねと言ったのだ。その言葉だけを信じてトイは耐えてきた。  毎日とは、いつまでの毎日なのか。 「ええ、だから僕たちが飽きるまでね、あなたはここにいるんですよ」 「……あと、」  どれくらい、と半ば茫然と呟けば、ロイズはそうですねえと少しだけ考えるふりをした。  ロイズの指がぱちんと小気味よい音を立てる。名案だと、彼の眩しい金色の目が細められた。暗闇に光る獣の目みたいに。 「あなたが使いものにならなくなるくらい、ですかねえ」  それは、トイが死ぬまでと同じ意味じゃないのか。 「あ、何カ月持つか賭けるか」 「賭博は犯罪ですよ、レオ」 「年単位、もあり得ると思うよ、だってトイの体めっちゃ具合いいもん」 「ほんと、いい買い物しましたね」 「だから金払ってねえだろ、ったくバカ共」 「はいはい、では柔らかいうちにさっさと広げちゃいましょうか」  腕を捕らわれ足を開かされ。男たちの手によって再び身体を弄ばれる。  地獄は、まだ始まったばかりだった。  トイの掠れた悲鳴は、黄ばみのない真っ白な天井に吸い込まれていった。  ****  最悪の、目覚めだった。  本当に最悪だった。  涙で濡れた瞳で、トイは黄ばんだ天井をぼんやりと見上げた。 「く、そ……」  自分を鼓舞するために吐き捨てた罵声も、涙声で震えている。  くしゃりと薄いタオルケットを掴んでいた左手もがちがちに固まっている始末だ。  静かに息を吸って、かろうじて動く右手で脂汗が滲む指を一本一本引きはがしていく。全てはがし終えてからもう一度天井を見上げて大きく息を吸って、吐いた。  未だに震える手で、泣き濡れた頬をごしごしとぬぐった。汗が滝のように流れていた。  最悪な夢を見た。悪夢だった。  いや、夢というよりも記憶だ。地獄のような日々の始まりの日。  ある日突然大きな屋敷に連れていかれて、出会ったばかりの男たちに激しく陵辱された忌まわしい記憶。  気が狂いそうになるほどの狂乱は1年以上続いた。抜け出すことができてから1年が経ったけれども、未だに傷はじくじくと痛み続けている。  日々の生活の中でふいにあの頃の出来事を発作のように思い出しては発狂しかける時はまだあったが、ここ数か月は夢に見ることもなくなっていたのにどうして──と、ぼんやりと視線を向けた先にテーブルが見え、その下に倒れた椅子があった。  暫し視界にいれたまま硬直しゆっくりと体を起こす。  下腹部に走った痛みに呻いたと同時に、椅子の下で潰れている煙草も見えてしまって、トイは唇の端に痛苦を滲ませた。  力を入れれば、どろりと吐き出されたものが身体の中から溢れてきた。この感覚は1年ぶりのものだった。  ぼうっと、痛む首筋に手を這わせる。ずきずきとしたそれは煙草を押し付けられた箇所だ。  先程まで見ていたのは、記憶の欠片を繋いだ夢だった。  けれども、昨夜のことは夢じゃない。  今は何時だろうかと、小さな壁時計を見ると夜明けを少し過ぎた頃だった。キッチンの隣にある狭い窓から、薄っすらとした青色の光が滲んでいる。  どうやらあの男が帰ってから、シャワーを浴びることもできずにそのまま気絶してしまったようだ。久々に酷使され疲労困憊の身体は、今でも少し身じろぎしただけでも酷く痛む。  床に脱ぎ散らかされていたのはズボンと下着で、下半身だけ剥き出しなのが余計に惨めだった。  そろりと足を開き、散々擦られびりびりと痛む所に手を添えて擦るとぬるりと湿った。指先に白い液体と渇いた赤い血がこびりついている。  あれだけ痛かったのだから切れた覚悟はしていたが、実際目にしてしまうと余計に鈍痛が増した気がする。  シーツの上を這い、よろりと床に足を置き身体に力を入れる。  零れる体液からは必死に意識を逸らし、テーブルに身体を支えて貰いながらがくがくと震える両足でシャワー室へと向かう。  まずは身体の汚れと中に出されたものをかきださないと。  身体を綺麗にしてから育児院に行くのだ。今日は、子どもたちと縄跳びをして遊んで絵本を読んであげるという約束をしていた。 『お前の働いてるっつー育児院のガキ共玩具にされたくなきゃ、俺を拒むな』  昨日のソンリェンの台詞が離れない。このままあそこで働かせて貰っていていいのだろうか。トイがいるせいで子どもたちを危険にさらすことになってしまうかもしれないのに。  けれども逃げるなとも命じられた。他の仕事を探すにしても何も思いつかない。  また前のように靴磨きを始めればいいのだろうか、だが探すにしてもとりあえず今日は行かないと。  ぬるいシャワーをひたすら浴びながら自然と震えてしまう体を押さえ込む。  大丈夫、慣れたことだ。こんな痛みなんてことない。  使われて擦れた膣口も、尻の穴も、煙草の痕も、以前に戻っただけだ。むしろ殴られなかっただけましかもしれない。  それにソンリェンは他の3人にはトイの居場所を伝えないと言っていた──今はまだ、かもしれないけど。  排水溝に流れていく血液と白濁液の色をぼんやりと見つめる。 『明日も来る』  始まった地獄は現実のものだ。もうどうしようもない。  理由がわからなくとも、今日もあの人は来る。  そしてそれを、トイは拒めないのだから。

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