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勇敢な子豚──15.
帰ってきた時、扉の前にソンリェンの姿はなかった。強張っていた肩の力を抜いて急いで鍵を開け、自宅の中に入る。
買ってきた小さな灰皿をテーブルの上に置き、シスターに譲ってもらった塗り薬を戸棚に入れてまずはシャワーを浴びようと思った、のだけれども。
戸棚に紙袋を入れたその瞬間、がん、と激しい音を立てて軋んだ扉にトイは飛び跳ねた。音は止まず、がんがんと扉を蹴られ続ける。ノックの代わりなのだろうか、トイの家を訪れしかもそんなことをする人間など一人しかいない。
トイは疲れた体を引きずって強張る指先で扉を開けた。
そこにいたのももちろん、来ると宣言していたソンリェンだった。
「入れろ」
言うや否や、トイの返答も聞かず足で扉を開けて乱暴に扉を閉めたソンリェンは、部屋に入ってきてテーブルの上に置かれた灰皿をひょいと手に取りしげしげと見つめた。
トイには高いものなど買えない、それは露店で売られていた安物だ。珍しいものでもないだろうに。
「なんだ、買ってきたのか」
当たり前だ、買えと命じられたのだから。
「いい子じゃねえか」
振り向いたソンリェンは少しだけ口角を吊り上げていた。笑っているのだろうか、判断がつかない。
「あの、……ひ」
唐突に伸びてきた長い腕に手首を掴まれて数歩後ずさる。ソンリェンは顔色一つ変えずにトイを乱雑に引っ張ると室内を進み始めた。もちろん彼が目指している場所は、昨日と同じく狭いベッドの上だ。
「ソ、ソンリ……」
ベッドに腰を降ろしたのはソンリェンだった。そのままベッドの上に引きずり込まれないということはトイは立ったままでいいということなのだろうか。どうしたらいいのかわからずおどおどしていれば、じろりと下から睨まれて絶対零度の視線に固まる。
手のひらが汗で湿り始めて、やっとソンリェンの手がトイの手首から離れた。
「あの……その」
自分の服の袖を掴みながらいい淀む。
1年以上という少なくない歳月の間、ソンリェンを含め、トイをいたぶり尽くした男たち相手にまともに喋れたことなど無いに等しかった。会話なんてする暇もなく、ただ貫かれて喘がされて卑猥な言葉を強要されて。相手の機嫌を損ねることも怖くてまともに発言することもできなかった。
だが、聞かなければならないことが今のトイにはある。
「オレのこと、どうすん、の」
「ほお、昨日の俺の話聞いてねえってことだな」
「……、違うっ」
想像した以上に自分の声が荒くなってしまったことに足が竦んだ。怒らせただろうかとおそるおそるソンリェンを見れば、彼は相変わらず冷めた瞳を崩さなかった。
「あの……わか、ってる……ソンリェンの玩具に、なる。そうじゃなくて、これからどうなんの、って。ほんとに……他の3人には、オレがここにいるってこと、言わないでくれる、の……本当にオレが、ソンリェンの言う通りにしてたら、みんなには……育児院のみんなには、何も」
手出ししないでくれるの。そこまで言い切って大きく息を吐いた。ソンリェンの前でここまで声を出したことは初めてだった。たった数秒間だというのにもう息切れがしそうだ。
「言ったろ、俺の玩具になれ。俺が望む時に足を開け」
答えになっていないと口を開きかけたが、ソンリェンの瞳の鋭さが増したので直ぐに口をつぐむ。
「お前次第だと言った。拒むな、それだけ守れ」
「シ、シスターに、も……言わ、ないで、頼むから、オレの昔の、こと……」
「くどいっつってんだよ」
ソンリェンの瞳がより一層冷え冷えと光った。
「従順でいろよ……」
つまりは言うことを聞いていれば皆には手を出さないでいてくれるということだろうか。しかし再三同じ質問することは躊躇われた。ソンリェンの機嫌が目に見えて下がり始めた気がしたのだ。
「どうして、オレ、なんだよ……飽きてないって、なんで……」
だから、別の質問をした。
「ソ、ソンリェン、恋人沢山いるんだ、ろ?」
「だから?」
「だから、って……なのに、なんでオレを」
「俺のもンだからだよ」
怠そうに髪をかきあげたソンリェンがベッドに体重を預け、少しだけ両足を開いた。
見知った仕草に求められていることを察する。むしろ気づくのが遅かったほうだ。平穏な日々に慣れてしてしまっていた証拠のように思えた。
「で、俺はいつまで玩具のくだんねぇおしゃべりに付き合わなきゃなんねえんだ」
「っ……ご、ごめ」
「しゃぶれ、さっさとしろ」
ソンリェンはこれ以上トイと会話らしい会話をする気はないようだ。
トイは後ずさりそうになる足をどうにか地面に縫い付け、彼の指示に従いゆっくりと膝を下ろした。
見慣れた、けれども久しぶりで、忌まわしい光景だった。動く気配がないということ、前を寛げさせるのはトイの役目ということなのだろう。
ソンリェンの真っすぐな視線に晒されながら、強張った動きでズボンのボタンをぱちりと外し、これまでと同じように下着の中を暴く。
まだ萎えたままの男の象徴を眼前に晒されて、心が沈んだ。平穏だった日常が一気に現実に引き戻されたような感じだ。昨日は嵐のように犯されてまともにこれを見る余裕がなかったが、相変わらず赤黒くグロテスクな色合いをしていて目を背けたくなる。
今からトイはこれを、口に咥えて舐めて、しゃぶらなければならない。
躊躇すればするだけ酷くされる。唇を強く噛みしめてから、トイはソンリェンの股の間に顔を埋めて。
生暖かく震える肉を、口に含んだ。
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