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過去──50.*
最後により一層深く腰を打ち付ければ、与えられる過剰な快楽にトイが声を詰まらせて腰を突き出した。こんな時トイが二つの性を持つ身体でよかったと思う。女性としての部分、そして男性としての部分の二つを同時に可愛がるとトイはいい声で鳴く。それこそ、こんな風に甘い声で。
「や、ぁあ、あァ、ァッ」
手の中の中でぬくぬくと育っていたトイの陰茎がびくりと震え、ぴゅくっと白濁液を零した。長く塞き止めさせていたせいかゆるやかな放物線を描きトイの褐色の肌に落下したそれは随分と量があった。一滴残らず吐き出させるために最後まで激しく搾り取る。トイの肌が、ソンリェンの手の動きに合わせて白く染まっていく。
「ァ、あ、ぁう……」
全て出し切ったというのに、勢いを失った芯からはぽたりぽたりと透明な蜜が零れ続けていた。放出の余韻に淀んだ焦点の合わない瞳で、ふらふらと天井を見つめる姿は哀れの一言に尽きたが、ソンリェンはまだトイを堪能していない。弛緩しきった足をさらに開かせ、古いベッドが大きくグラインドする勢いで最奥を抉る。
結合部が泡立つ。ソンリェンの黒々とした肉欲がトイの中を掻きまわす。トイが激しい突き上げに、痛い、とうわ言のように呟いたが、痛みと快楽は紙一重のものであるということをトイの身体はもう既に理解していた。
現に、トイの身体は素直だった。無意識のうちにだろうがその両の脚はさらなる快感を求めて腰に巻き付いてきている。声もなく、がくがくと揺さぶられるだけのトイの額にあやすように口づける。
トイの顔を見つめながら、ソンリェンはトイの奥をたっぷりと味わい湧きあがる欲望のまま吐精した。吐き出される感覚にトイもオーガズムを迎えたらしい。びくんびくん、と不規則に痙攣を起こし、やがて糸の切れた人形のようにくたりと脱力した。
ベッドに体重を預けて沈む細い身体。その赤く輝く綺麗な瞳は瞼の中に覆われてしまった。気絶しているのか、疲れてもう目も開けていられないのか。どちらにせよ正気でないことは確かだ。
「──トイ」
トイが吐き出したもので濡れた手で、トイの僅かにかさつく頬を撫ぜる。そっと瞼に口づけ、か細い身体を強く抱きしめた。この腕の中に生きているトイがいることに、何度目かわからぬ深い安堵感を抱く。
あれだけ女の肌に触れて来たというのに、豊満な胸よりもこの平坦な胸に性欲を刺激される。
くびれた女性らしさを醸し出す柔らかな身体よりも、この固く、凹凸の少ない細い身体を抱き潰したくてしょうがない。
手入れの行き届いた艶やかな髪よりも、この細く絡みやすい赤茶色の髪を梳きたい。
1年と半年使われ過ぎた二つの入り口だって腫れ上がっているが、ここを可愛がりたくてたまらない。
何より、ソンリェンと同じ性を持っているはずのトイに、こんなにも興奮する。
いつからこんな気持ちをトイに抱くようになったのだろう。そうだ、確信を得たのはあの日だ。
それはトイを壊して捨ててから、1ヶ月後の夜だった。
****
ベッドが軋む。やはりというべきか、女は直ぐに起きた。
「帰るの?」
わざとらしく舌ったらずなその音色。甘さと気だるさが混ざった小鳥のような囁き声には今だ明らかな情欲が含まれていた。
普段であれば、気乗りする時は乗りそうでなければ適当にあしらって帰るくらいだったのだが、今日はいつにもまして盛大に苛々していたので態度も普段以上にきつくなった。
ソンリェンは返事をすることなく椅子の背もたれにかけていた服を着こみ、部屋を後にしようとした。シャワーすらもここで浴びる気はなかった。
しかし、伸びてきた腕に首を絡めとられて失敗する。引き寄せられた先は薄く開いた唇だった。
赤い舌に唇を舐められる前にぱしんと腕を叩き落とす。驚いた女は不機嫌そうに顔をしかめた。
「なあに、酷い」
それでもくびれた腰と張りのある胸を押し付けようとしてくるのだから女というのは強い生き物だ。
「どけろ」
無粋なことは何も考えずにいられたのは突き入れ果てたその瞬間だけだった。それ以外はどうにも興が削がれる。手入れの施された女の肌に触れても、豊満な胸を見ても、何度咥えてもほどよい形を保ったままの女性器を見ても全く熱が灯らない。
それどころか頭の中を掠めるのは、凹凸の少ない身体と、不摂生が祟りかさ着いた肌と、まっ平な胸と、使われ過ぎて痛々し気に腫れた膣と小さな臀部と、小さく幼すぎる男茎だった。
そして、無駄に長くパサついた赤茶色の髪もおまけのようについてくる。
ちっと舌打ちをする。未だにまとわりつく女に対してではなく、脳裏を過ぎった映像に対してだ。
「ここ最近ずっとそうじゃない、心ここにあらずみたいよ」
「うるせえな」
この女とは数年の関係だ。互いに割り切ってもいる。だから慣れた身体を抱けばくさくさした心も落ち着くのかと思ったがそんなことはなく、余計に飢えが増しただけだった。
それどころか図星を指されて気分は最悪、落下の一歩を辿っていた。
「新しい女?」
ふくりと膨れた女の頬のわざとらしさに失笑さえ零れてこない。もくもくと帰り支度を始める今宵の相手に流石の女も怪訝な顔をした。
「ちょっと、理由ぐらい話してくれたっていいじゃない」
そっと袖に触れてきた指が視界に入って、瞬間的にその手をぱしりと取っていた。女はやっと相手をしてくれたとくいと引っ張ってきたが、自ら掴んだその手に止まっていた思考が動き出して、再度振り払う。
矛盾したソンリェンの動きに女は本気で不快感をあらわにした。どうでもよくて顔を背ける。
「触るな」
「なによ、掴んできたくせに」
それには理由がある。決して、女に袖を掴まれたから掴み返したわけではない。
記憶の底にある小さな手を、掴んでしまっただけだ。
「ふん、もう声かけられたって相手しないからね」
拗ねたような声を右から左へ流して、部屋の扉を閉めて階段を降りる。言われなくとも、きっと声をかけることはない。ソンリェンは今夜の遊び相手でいい加減自覚した。
誰をどのように抱いても何をしても喉が渇くことに。
さらにはこの国ではさほど珍しくない、大して好みでもない赤茶色の髪を持つ相手ばかり選んでしまっていたここ最近の自分の矛盾に。
『そんりぇん』と名を呼ぶ、たどたどしい声が頭から離れないことに。
あれから4週間ほどが経っていた。1週間目に感じた違和感はしぼむことなく日に日に強くなり、2週間、3週間と過ぎた頃には盛大な苛立ちへと変わっていた。そして今日で丁度1ヶ月。ここまでくればさすがのソンリェンも認めざるを得なくなっていた。
1ヶ月前に仲間と壊して捨てた子どもに、自分でも理解しがたい特別な感情を抱いていたことに。
「なんだってんだ……」
舌打ち紛れに吐き捨てた煙草の煙が顔に掛かることさえも煩わしく、ソンリェンは風を切って歩いた。
外は暗い。あの日も確か夜だった。
生活を共にしてる奴らが、身なりも汚く貧しい孤児を屋敷に連れ去ってきたのは。
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