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過去──59.
それから、1年はあっと言う間に過ぎた。
トイはもう一度脱走を試みたが、やはりそれもあえなく失敗し、一度目以上の目にあわされてすっかり逃げる気力をなくしたようだった。
相変わらず4人とも、トイをいたぶることもトイでストレスを発散することは止めなかったし、また飽きることもなかった。
この頃には、ソンリェンは口には出さずとも心の中で玩具のことをトイと名前で呼んでいた。
だがこの頃からトイの声はさらにか細くなって、表情がこれまで以上に乏しくなり始めていた。陰りこそすれ未だに瞬いていた赤い瞳の奥の光も、薄っすらと遠くなっていた。
元々笑った顔など一度たりとも見たこともないが、トイの精神の疲労は極限まで来ているらしかった。
それでもトイは玩具にされ続けた。ソンリェンもこれまで通り発散できる穴として手を出していた。
そして1年を超しさらに2ヶ月ほど過ぎたある日の朝、トイは声変わりをした。
風邪のようだと思われていた声の掠れ具合は、変声期への前兆だった。今までの高く、一見すると少女のように聞こえる声色からしっかりとした少年の声へと。
男にしては高いが女性のそれよりも低く幅のある声だ、この声を聞けばもう誰もトイを女であるとは思わないだろう。
トイが初めからこの声であったらもしかしたら3人のお眼鏡にはかなわなかったかもしれない。最初は少女だと勘違いして車に連れ込んだと言っていたから。
ソンリェンは、トイの声変わりに関しては特別何も思わなかった。ああ変わったのかと、それだけだ。
それに、もう1年も過ぎトイがこの屋敷で皆に代わる代わる犯され続けることが日常だとさえ思っていた。ソンリェンがトイの肌に触れることも普通のことだと。
だからこれまで通り何も変わらないのだと思っていた。
しかし、どうやらそう思っていたのはソンリェンだけだったらしい。
****
「なあんか、飽きてきません?」
事の発端はそんなロイズの一言だった。
だが直ぐに賛同の声が上がったということは、皆が皆同じような気持ちを抱いていたということだろう。考えもしていなかったのはソンリェンだけだ。
「あ、実はそれねえ、俺も思ってたあ」
「だよなあ」
何のことかわからず食事の手を止め、なにやら頷き合う3人を視線だけで見やる。
ソンリェンだけが返事をしないということはよくあることなので残りの3人は気にしていないが、ソンリェンは返事をしなかったのではなく返事が出来なかったのだ。
何の話をしているのかがわからなかったから。
だが、一瞬の疑問への回答は隣に座る男から直ぐに投げつけられた。
「今まではほら、声が可愛かったからさあ、女みてーで可愛がれたけどな。ちんこついてるけど小せえし? 一応膣もあるし。狭えけど」
ああトイのことかと理解して、ロイズの言う飽きたという言葉が当のトイにかかっていることにも気づいて一瞬だけ考え込んでしまった。
妙な引っ掛かりを覚えた自分に疑問を持つ。
「でもなあ、突っ込んでる最中にあんな声聞かされちまったら萎えるっつーか、ソンリェンもそうだろ?」
当たり前のように話題を振られ、用意された肉をゆっくりと咀嚼し酒で流し込む。答えるまでの時間を無意識のうちに欲していた。
今までトイに対して、飽きたという感情を抱いたことがなかったことに今更ながらに気づいた。
驚くべきことに、トイの声変わりに対してもレオのような負の感情を抱くこともなかったのだ。
「お前がそんなこと言うとは思わなかったな」
「は?」
「てめえじゃねえよ、男も女もイケる口だろ、ロイズもエミーも」
俺が聞いてんのによ、と呆れたレオを無視し残りの二人に視線を流す。ああ、と食べかすを口につけたエミーが頷いた。
「まあそうだけどねえ。ずっと可愛かった声も知ってるから尚更って感じかなー。それにもう、えーと」
いち、に、さん、と指折り数えていく。
両手が一周以上した所でエミーが素っ頓狂な声を上げた。
「うわ、1年経つんじゃない!? あれ連れてきてからさあ」
「バーカ、余裕で過ぎてるっつうの。1年と半年だ」
「えっそんなに?」
「そうですねえ、流石に長すぎた気がします。最近では反応も悪くなってきましたし」
「そうそう、抱いても喘ぐだけで。もっと反骨心ってものを持ってもらいたいよねー」
長すぎる、確かにそうだ。
トイを連れ込んだ時はこんなに長い期間屋敷に監禁することになるとは思ってもいなかった。彼らもそうだろう。ソンリェンは数日で壊れるとさえ思っていたのだ。
だが、トイは小さな身体に似合わず体力もあり何をされても生き抜いた。粗相をして怒ったロイズに3日間独房に閉じ込められ、飲まず食わずでいた時も、だ。
確かあの時は、湿気った暗闇の中、壁に生えていた少量の苔を食っていたようだった。
だが喉の渇きが酷かったらしく、皆で独房を覗きにきた瞬間水を求めてロイズに縋りついていた。
檻の中へと突き出された陰茎を躊躇なくしゃぶり、吐き出された精液をがむしゃらに飲み下している姿には目を見張った。嗜虐心が擽られたエミーが続き、レオも続き、場の流れでソンリェンもやる羽目になったのだが、あの時のトイの表情には正直興奮した。
何度も咥えさせたことはあったが、欲しい、という感情を惜しげもなく晒し虚ろな表情で股間をまさぐり赤子のように吸い付いてきたあの姿が、一番の及第点だったと思う。
「まあ、なかなかしぶといからな、あれは」
だから発言に他意はなかった。トイの生命力を思い出しむしろ感心さえも滲ませていた。
「そうなんですよねえしぶといんですよ。困りますよねえあそこまで必死だと。そこが可愛いとは思ってたんですけど。流石にねえ……」
「だよね、だから手放せなかったっていうかさあ、情も湧いちゃったっていうか」
「どの口が言ってんだてめーらはよ」
かっとレオが口を開けて笑ったまさにその時に、新しい料理が運ばれてきた。
トマトを元にしたスープだ。屋敷の専属料理人が得意とする、シンプルだが皆が絶品だと持て囃しているそれだった。
特にロイズはこれを好んでいた。美味しそうに丁寧な所作で赤色のそれを口に運んでいる。
こんな品行方正で真面目そうで清廉潔白そうな青年がここにいる男たちの中で一番の鬼畜男なのだから、人は見かけによらない。
将来ロイズの妻となる相手は苦労するだろう。
いや、妻には裏の顔を見せずに玩具を囲って発散するのかもしれない。
「さて、どうすっかね」
「んー、そのままご苦労様でした、って屋敷から出しちゃうのもありですけど」
「でもさあ、もしもあいつがどっかにこのこと喋ったらまずくない?」
「まともに働けもしねえ孤児の言葉なんて聞く奴いねえよ」
「もみ消せますしねえ、別に逃がしてあげても問題はないんですけど……あ、そうだ」
考えるそぶりを見せたロイズが、ゆるりと頬を釣り上げながら顔を上げた。
わざとらしさこの上ない、これは初めから話す内容を考えていたという顔だ。
「提案があるんですけど」
ロイズがぴんと指を立てた。ロイズのスプーンの上に乗っていた刻まれたトマトの欠片の赤が、やけに目に入った。
「壊しちゃいません?」
今までで一番いい笑みを浮かべながら、ロイズがトマトの欠片をスープの中に落とした。
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