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過去──60.
ぽちゃりと小さな波紋を立てたそれが、沈んでいく。
「……いいねー」
最初に反応を示したのは、口周りについた食べかすをせっせと口に運びながら目を細め、満面の笑みを浮かべたエミーだった。
「でしょう? 実は面白い薬手に入れてたんですよ、父が輸入したやつで。でもかなりキツめのやつなんで、流石にと思って取っておいたんです」
「え、前に使ったやつよりヤバイやつ?」
「ええ、ヤバイやつです」
「うそ! すげー!」
「あーそりゃ、使わねえと損だな、もったいねえ」
「新しい玩具はもう目星つけてるんですよ、実は。だから古いのが壊れたらあとは日を改めて新しいのを迎えにいきましょう」
「えっ、ロイズってばいつのまに。相談くらいしてよー」
「あー、次はおっぱいついてるといいんだけどなぁ」
「貴方好みのおっぱいは外でも食えるでしょう?」
「わかってねーなお前、女の胸はなっかなか乱暴に揉み扱けねえんだよ、痛がらせると可哀想じゃん?」
つくづくどうしようもない奴らだなと呆れる。
そのどうしようもない奴らの仲間である自分も人のことは言えないが。
「では一応多数決取りましょうか。しぶとい玩具は、飽きたからと言って途中で捨ててしまうよりも、壊れるまでたっぷり使ってあげるのが正しい使い方だと思う人は挙手を」
「はいさんせー!」
「俺も賛成、それが拾ったものの責任、ってやつな」
誘拐してきたの間違いだろうが、といつもであれば突っ込みを入れていたのだがどうにも口が乗らなかった。
正直まだトイにはまだ遊べる部分があるとは思う。
だが皆が飽きたと言うのであればそれに混ざるまでだ。別に玩具はトイでなくともいい。反対する必要も未練もない。
あるはずがない。
「ソンリェンはどうですか?」
「別に、玩具を壊そうが壊さまいがどうでもいい」
「とかいいつつ混ざるくせによ」
「るせえな」
「はい、では4名中4名の同意を得ましたので、決行しましょうか」
「あ、明日俺暇だよ、なんかキャロンとのデートドタキャンになったんだよねえ。なんか腹が痛くなる予定、って言ってた」
「それおめー、体よく断られたんじゃねーか」
「はー? 違うってば!」
「レオもソンリェンも明日は予定何もなかったですよね、じゃあ明日にしましょう。今夜中に準備しとかないと、腕がなりますねえ」
「ねえロイズ、終わった後の処理はどーすんの?」
「うちの使用人に話つけておきましたので。適当な所に捨てて貰いますよ。まあ死ぬか死なないかは実際やってみないとわからないですけどねえ」
喋りながらスープを綺麗に飲み干したロイズが立ち上がった。
まだデザートが来ていないというのに。
「ロイズ?」
「善は急げですし、早速トイに伝えてきます」
「えっ、自殺でもされたら困るんじゃない?」
「何言ってるんですか、私がそんなヘマすると思いますか? 愉しみは明日にとってきますよ」
能天気なエミーに、ロイズは唇に指を当てて艶やかに笑った。世の女性ならば一発で落ちてしまいそうな微笑みだった。
「明日解放してあげます、とだけ伝えてきます。ゆっくり寝られるように」
一拍の間を置いて、エミーがスプーンで皿を叩いて笑った。
「あはは! いいねー」
「こらエミー、スプーンで皿を叩いちゃダメですよ、お行儀よくね」
「天国から地獄に突き落とすってか。鬼畜の極みだな、やるねえ」
「くっだらねえな」
「何言ってるんですかソンリェン、今日ぐらいはちゃんと寝かせてあげないと。あの子の体力が長く続かないと愉しめないじゃないですか」
では行ってきますと背を向けたロイズと、次の瞬間には運ばれてきたデザートに集中し始めた甘党のエミーと、明日は何をどうするかな、と妄想を膨らませてニヤニヤし始めたレオと。
甘いものが苦手な故に持ってこなくていいと初めから告げていたため、手持ち無沙汰になり煙草を吸い始めたソンリェンとだけがダイニングに残った。
「おいソンリェン、ここで吸うなっつの」
「うぜえ黙れ、指図すんな」
「っかー、この非常識人間」
「てめえに言われたかねえよ」
レオの言葉を右から左に流しつつ、苦い煙を肺に溜め込みながら考えていたのは珍しくトイのことだった。
今頃、ロイズに自由を宣言されて喜んでいるのだろうか。疑心暗鬼になって警戒しているだろうか。
いやロイズのことだからうまく信じ込ませているのだろう。明日ここにいる4人に残酷に壊されることも知らずに、涙を流しながら喜んでいるかもしれない。
ふと、トイの笑った顔を想像しようとして、やめた。
笑った顔を見たことがないので想像もつかなかったのだ。
そういえば、トイの安堵したようなやわらいだ表情だけは一度だけ見たことがあった。あれは確か去年の出来事だったと思う。
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