70 / 135
亀裂──70.
「はい、ソンリェン様に、あの子どもをどこに捨てたのかと一度だけ聞かれました」
「いつ頃ですか」
「子どもを捨ててから……そうですね、1ヶ月後ぐらい、でしたかね」
「やっぱり……なぜそれを私に報告しなかったんですか?」
「申し訳ございません、特に報告すべき内容だとは思っておりませんでしたので……」
少々困惑気味に使用人が答えたが確かにそうだろう。ソンリェンがトイを探す意図で聞いてきたなど誰も思うまい。
仮にレオがソンリェンに聞かれていたとしても同じ判断をしたはずだ。
「ばっかじゃないのお前! どう考えても話しておく内容だったじゃん!」
エミーは苛立ち心頭という感じだが、こればかりは使用人を責めてもどうにもならないことだろう。
レオしかりロイズしかり、そしてエミーとて、トイの存在など今日の今日まで綺麗さっぱり忘れていたくらいなのだから。
「落ち着いてください、エミー」
「怒ってんなあ」
「エミーはソンリェンが大好好きですしねえ」
「なんでみんな落ち着いていられるのさ!」
実際に現場を目撃してしまったが故にその驚きも一塩なのだろう。それはレオも同じだ。
ただ見ていないロイズだけはいまいちピンと来ていない様子で優雅にティータイムを嗜んでいた。
「まあまあ、ソンリェンも私たちに話さなかったのには、何か理由があったんじゃありません?」
「どんな理由だっていうの」
「それはわからないですけど……」
屋敷に戻ってきた二人は真っ先にロイズに事の顛末を話しにいった。
エミーは車の中でずっとぐるぐるしていたのか、ロイズの顔を見るなりしがみ付くように突進した。
幼い言動が目立つエミーとはいえ、20歳を過ぎたいい大人で体格はもう青年のそれだ。この中では一番背が低いが別に低身長というわけでもない。
大きな体の背をぽんぽんと叩きつつ、何かあったんですか?と珍しく目を見開いたロイズに詳細を伝えたのはレオだった。
トイが生きていて、かつソンリェンがトイと隠れて会っていて、その上なんだか甘ったるい雰囲気でキスまでしていた、と。
「生きていたのはまあ、あり得ない話ではないとして。ソンリェンがトイと会っていたのは驚きですねえ。私は何も言われてませんよ」
「俺だって言われてないもん!」
「俺もだなあ」
「でも、話を聞く限りだとソンリェンが自らトイを探しにいった線も捨てきれませんよねえ」
なにせ使用人にトイを捨てた場所を聞いたのはソンリェン本人らしい。ううむと顎に手を当てて考えを巡らせたロイズはふと顔を上げた。何かを思いついた顔だった。
「もしかして……飽きてなかったんでしょうか」
「あー」
レオも同じように顎に手を当てた。可能性の一つとしてあり得る。
「飽きてなかった?」
「言い出せなかったっつーことだよ、全員でトイを壊そうって話し合っただろ? あんときソンリェンはトイでまだ遊びたかったんじゃねえかって話だ」
「あ、なるほど」
「けど俺らが壊そうって決めたからしれっとした顔で同意したってわけ。でも本当のところはまだ挿れてえっつー気持ちが残ってて、探してみたら生きてたから俺らには言わずに使ってた、ってとこ」
「ですねえ、言い出しにくかったってのはあるかもしれませんよね。ソンリェンのことなので。ほら、周りが飽きて新しいのにハマってるのに、自分だけ古いのにハマってるとなんか……恥ずかしくなりません? 何か言われるんじゃないかって不安になるというか、言い出し辛いというか」
「あ、ロイズそれ、なる。俺も子どもの頃、新作のボードゲームより昔のやつやってたらバカにされてムカついたことあるもん」
「でしょう?」
なるほどとレオも頷いた。気位の高いソンリェンのことだ、一人だけ古い玩具で遊びたいとここにいるメンツに言うことは憚られたのかもしれない。
では、あの甘い雰囲気は一体なんだったのだろうか。
「でも、ソンリェントイにキスしてたんだよ」
「そこなんだよなー、なんつーか気持ち悪いっつーか」
「恋人ごっこってやつじゃないですかね、エミーもよくやってたでしょ、トイで」
「やってたけどさあ」
「その現場をたまたま俺たちが目撃しちゃったってわけ?」
「そういうことです。もしかしたら屋敷にいた時もそういう遊びもしてみたかったのかもしれませんねえ、でもプライドが邪魔して言えなかったとか」
確かに、玩具を踏みにじるのではなくベタベタ触れてキスしまくるソンリェンなんて想像できない。
今日だってそういったシーンを目撃して見てはいけないものを見た気がして背筋が寒くなったのだ。
つまりもともと飽きてなどはいなくて、試しに探してみたらどういうわけか生きてたのでレオたちにバレないようにこれまでできなかった遊びで楽しんでる、というわけか。
今までで一番いい線を言っている説明だとは思った。
でなければ1ヶ月もトイを放っておくはずがない。トイはあの時生きるか死ぬかの瀬戸際だった、大事に思っていたら直ぐに探しにいっていただろう。
エミーも先ほどの怒りはどこへやら、ロイズの説明に安堵したように肩を降ろしていた。
「なんだ、そういうことかあ……」
「でも、捨てたとはいえ元共有物ですしねえ。こそこそ使われてるとなるとやっぱりいい気分にはなりませんよね」
「うんうん……あ、もっかい共有の玩具にするってのは?」
「トイでもう一度遊ぶ気あるんですか?」
「だって、新しい子はロイズが独り占めしてるようなもんじゃんか」
「それは心外ですねえ、貴方たちにも使わせてあげてるじゃないですか。あ、熱も下がって来たので安心して明日からも可愛がれますよ」
普段の様子を取り戻したエミーにロイズも少しだけ安心したようだ。
「だってさ、トイもあれで生きてたってなるとやっぱり壊れにくいってことじゃん? それならもうちょっと遊んであげてもいいような気もするんだよなあ」
「ですね、もしかしてトイをまた玩具にすればソンリェンも戻ってくるかもしれませんねえ。それだったらまだ価値はあります」
「やっぱりソンリェンいないと、一人足りない! って気持ちになるもんね。夕飯食べる時、ソンリェンの煙草の煙の匂いがないとやっぱ寂しいしさ」
「俺だって吸ってんだろうが」
「レオの煙草の臭い俺好きじゃないもん。臭いし」
「てめーよ!」
「あ、そーだ! 俺新しい遊び思いついた! 新しい玩具とトイとでセックスさせるってのは? どう? 面白くない?」
新たな遊びを提案したエミーにロイズは初めて唇の端を引きつらせた。
「……まあ、候補に入れておきましょう。レオ、どうしました?」
「いや、なんつーか」
ロイズの説明は、一番納得できる説明ではあった。
現にロイズもエミーもその仮説を疑っていない。
だがレオは引っ掛かりを覚えていた。ありえないと思っているもう一つの仮説候補がどうしても頭の片隅にちらつくのだ。
ソンリェンがトイを探した理由が、飽きていないからではないとしたら。
「まあなんにせよ、4人で話せばソンリェンも色々教えてくれるでしょう」
そうロイズがまとめた頃、丁度よく玄関のチャイムが鳴った。
「あ、来ましたね。エミー、ソンリェンを迎えにいってください」
「おっけー」
ぱたぱたと玄関へと向かっていくエミーの背中を、レオは黙ったまま見つめた。
ともだちにシェアしよう!