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玩具の人形──95.
一息に吐き捨てた。そうでなければ口に出来なかった。じっとソンリェンを睨みつけていたシスターは、ソンリェンが言い終える頃にはあ然と目を見開いていた。
「……べんき?」
あまりにも理解しがたい言葉だったのだろう。ふるりと引き攣るようにシスターの頬が震えた。何も答えずにいるとシスターがゆるりと立ちあがった。思わず、という風に見えた。
「攫って、監禁とは、どういうことですか?」
「そのまんまの意味だ」
「トイは、男娼であったと」
「……ああ」
彼女の知るトイの事情と、実際のトイの事情とでは大きな解離があるらしい。
理解して、トイらしいなと壁に体重を預けた。
シスターにはどうでもよさそうに壁に寄りかかっているように見えているのだろうか。シスターに迷惑をかけないため、自分を助けてくれた心優しい女性を悲しませないためにトイは偽りをこの女に説明していたのだろう。
シスターの言う通りだ。トイはあまりにも心根が真っすぐで、人のことを考えすぎる。
自分から真実を伝える気もなかったはずだ。今ここでソンリェンが話さなければ、シスターはトイの過去を知ることもなかっただろう。
「……んなわけあるか、こいつは自分から身体を売るような真似はしねえよ。靴磨きやらほどこしなんやらで、微々たる賃金拾ってたっつってたな」
やはり、煙草が手元にないことがこんなにも悔やまれる。あの煙を少しでも肺に入れれば心も落ち着くだろうに。
視線だけを流せばベッドの付近のサイドテーブルに置かれた灰皿の近くに、数本転がっていたが、取りに行く気にはなれなかった。距離があるわけではない、両脚が重かった。
だってそこには、トイがいる。
「全員でスラムを物色してたら珍しい身体のガキを見つけたから攫った。それがトイだった」
正確にはソンリェンはその場にいなかったのだが、奴らが孤児を玩具にするために誰かしらを誘拐して来ることは知らされていたし反対もしなかった。
攫ってきたトイを逃がすこともせずに輪姦に参加もしたのだから、まごうことなき同罪だ。
「あ、貴方以外にも、いたのですか」
「俺を含めて4人だ」
「よ、にん……」
「一つの屋敷でトイを共有していた。もっとも、奴らはもうトイのことなんざ覚えてねえがな」
事実だ。ソンリェンと違って残りの奴らは壊して捨てた瞬間からトイという存在を綺麗さっぱり脳内から消去していた。理由は、飽きていたから。
彼らにとってトイは今でも、昔遊んだことのある具合の良かった玩具の一つに過ぎない。トイの生死にすら興味はないはずだ。ソンリェンとは違って。
「監禁……していたのですか」
「ああ」
「どの、くらい」
「1年半……ほどだな。2年はいってねえ」
にねん、と、シスターは小さな声で呟いた。
「それは、本当のことですか」
「俺が嘘を言うと思うか?」
「ずっと、閉じ込めて、酷いことをしていたのですか」
「だから共有してたっつっただろ。一人づつ相手させたり、全員で輪したり……玩具使って遊んだり」
「……トイの身体には!」
ふらりと傾いたシスターが、ソンリェンの言葉を遮るように叫んだ。トイは起きない、深く眠っているようだ。
それとも聞きたくないのだろうか、ソンリェンの声を。自分の過去を。
「酷い、虐待の痕があります」
「ああ」
「煙草の、痣も。火傷をしたような痣も、切られたような、痕も。背中には、む、鞭打たれた痕も」
「ああ」
「あれも、貴方達がトイにつけたのですか」
「ああ」
「なぜ」
「いちいち理由なんざねえよ」
「……っそんなバカな話がありますか!」
「あるんだよ」
1年前のソンリェンにとって、トイをいたぶることに理由などなかった。
「煙草を吸ってたから押し付けてみた。ライターがあったから炙ってみた。蝋があったから垂らしてみた。新しい玩具が手に入ったからトイで使ってみた。逃げようとしたから、粗相をしたから罰を与えた。それぐらいの、ことだ」
そう、それぐらいのことだった。ソンリェンにとってもアイツらにとっても。
暇だったから、反応が見たかったから、苛々していたから。トイを欲望とストレスの捌け口にしていた。本当にあまりにも残酷な感情をただ、押し付けた。
この小さな、とても小さくて重い、この身体に。
「今更……どの傷が俺がつけたやつかなんて、覚えてねえな」
すとんと、シスターがカーペットの上に崩れ落ち、ソンリェンを見上げた。
悪魔を見るような目だった。実際ソンリェンは、自分が悪魔であることを自覚していた。
「なんて、ことを……トイが、何をしたと言うの」
「なにも」
意味もなく、手のひらを開いて閉じる。この手で、トイの髪を掴み上げた。
「なぜ、トイだったのですか……」
「たまたまだ」
この手でトイの脚を開かせて、腰を掴み上げ揺さぶった。
好きな時に好きなように。トイの尻を、膣を、口を、使った。
「こいつはたまたま、オレたちが獲物を物色している通りを歩いてた」
痛い、と泣くトイの声に耳も傾けずに押さえつけて犯した。何度も何度も輪姦した。
「だから俺達に目をつけられて、攫われた」
言葉にも出来ないような恥辱を与え続けて、人間としての尊厳を奪い尽くした。トイの男としてのプライドもめちゃくちゃにした。
「それだけだ。それだけの理由で、俺たちはトイを攫って、輪して、遊んで、飽きて、壊して──捨てた」
それだけだ。本当にそれだけなのだ。たったそれだけのくだらない理由で、偶然的に、トイは。
「だがこいつは生きていた。だから……」
悪魔たちの生贄にされて、地獄を味わった。
そして今もなお、トイは地獄の中にいる。
ソンリェンという悪魔が、再びトイに近づいたせいで。
『ァッ、痛いっ……いたい、よ』
ふいに、脳裏に蘇った光景。これはいつの記憶だろうか。思い出したくなくとも溢れてくる。
『トイって言葉の意味、知ってるか』
そうだ、確か苛立つ出来事があってむしゃくしゃしながらトイを乱暴に組み敷き、犯している最中だった。
『質問に答えろ』
トイは血の気の失った顔で、震える唇を開いた。
『っ……お、もちゃ……』
息も絶え絶えに答えたトイに、冷笑が漏れた。
『違えよ、別の意味を聞いてんだ』
前髪を引っ掴み、涙でぐちゃぐちゃになったトイの顔を覗く。汚え顔だなと揶揄りながら、トイに酷い言葉を囁いた。
『くだらねえもの』
見開かれたトイの瞳に涙が盛り上がる。嗜虐心に裏打ちされた肉欲が膨れ上がり、唇を舐めた。トイは性欲を発散するための道具だった。
『その通りじゃねえか、そうは思わねえか?』
『──ひ』
トイの目からころりと零れた涙がシーツに落ちる前に、顔をベッドの上に押し付けた。
あの頃のソンリェンにとって、トイの涙はくだらないものだった。
くだらないものだと、思い込んでいた。
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